2章. 誤算

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〜埼玉県所沢市〜 都内から1時間足らずで、BMWが着いた。 所沢医科大学病院。 「精神科は、ミカさんにはキツいかな…」 千尋の様子を見た瑞樹(みずき)。 「ミカさんは、カフェで待っていてください。意外といけるんですよ、ここのコーヒー」 「千尋さんのお母さんは、精神科に?私は大丈夫です。1人でいたくない気分なので…お邪魔なら控えますが」 「い、いえ💦邪魔だなんて」 慌てる千尋を不思議そうに見るミカ。 「瑞樹が言ったのね。全くもう」 「いえ、千尋さんがさっき言ってましたので」 顔を見合わす千尋と瑞樹。 訳が分からない。 「まぁ…いいか。なら行きましょ」 「千尋のやつどうしたってんだ?」 「瑞樹を庇うなんて、気でもあるのかしら?」 不自然な会話に、黙るミカ。 (何か悪いこといったのかな?私) ロビーを抜けて、別棟へと繋がる通路を通り、精神科の受付に着く。 「また来たのねあの娘、あら?見慣れない顔ね、誰かしら」 「えっ?」 受付の笑顔を見ていて、驚くミカ。 「何、ミカさん? 水谷さんと知り合い?」 「いえ、何でもないです」 笑顔の口は、閉じたまま。 更に、作り笑いの心理も感じた。 記憶障害に、別の不安感が加わる。 それは、直ぐに明らかな現実となった。 病棟の中へ入る3人。 二重のドアを開けた途端。 ミカの頭に、沢山の嘆きや悲鳴、言葉さえ分からない意味不明な呟きが響き渡る。 同時に、悲しみや絶望、恨み(ねた)み痛み(あざけ)り苦悩、ありとあらゆる想いがミカの心を襲った。 「グッ…」 思わず耳を塞ぎ、うずくまる。 「リカさん❗️大丈夫?どうしたの!」 しゃがみ込み、肩に手を当てる千尋。 ビクンッ!としたリカが、その手を振り払う。 その勢いで後ろに座り込む千尋。 「大丈夫か!とにかく、外へ出よう」 瑞樹が看護師を呼ぶ。 ミカの意識がかすみ、床に倒れ込んだ。 近付く看護師の姿と瑞樹の声。 そこまでで、気を失った。 丁度通りがかった医師が、検査室へ運ぶ様に指示をする。 「千尋、ミカさんには私がついているから、君はお母さんに会ってくればいいよ」 心配気なミカ。 「千尋さん、心拍も異常ない様だし、大丈夫ですよ。私が診ますから」 「分かった。よろしくお願いします。」 千尋を残して、運ばれて行くリカ。 精神科病棟を出て、先に向かったのは、脳神経科であった。 「瑞樹さん…でしたね?彼女には、何か精神障害がありませんでしたか?」 「えっ?…あ、実は頭を打って、記憶を無くしてる様なんです」 「やはりそうですか」 帽子が脱げて、頭の包帯が露わになっている。 「精神障害を持つ人は、心理的刺激に弱くなっています。気付かずに初めて来た方で、良くあるんですよ、気分が悪くなったり、目眩や気を失ったり。記憶障害なら尚更、無防備な状態に、患者達の異常な声や、目に見えない何かをまともに受けてしまいます」 「目に見えない何か?」 「医師が言うことではないですが、強いて言えば、脳波の様なもの?かな。ここにいると、医学的には理解できないことも沢山あるんです」 瑞樹には良く分かる気がした。 「少し脳波を見させて下さい。まだ患者でもありませんし、治療ではないので、お金は要りません」 『検査室』と表示された部屋へ入る。 中には、幾つかの装置があり、その一つにミカを座らせ、倒れないように固定した。 「これは、EEGヘッドセット AE-120Aと言って、最近購入した脳波測定器です」 看護師と2人で手際よくセットし、無線で繋がったPCで操作する。 直ぐに画面に脳波が現れる。 瞬間、首を傾げる医師。 「β波が強い…刺激を」 言われた看護師が、針状の器具を軽く腕に当てる。 「おかしい…」 「どうしたんですか?」 「これはβ波と言って、ストレスを感じている時に見られるもの。普通気絶状態では、こんなに強くは現れないんですよ。更に不思議なのは、気絶時、つまり無意識状態を示すα波も同時に出ている。君、少し肩を持って揺らして見て」 看護師が、ミカの体を揺らす。 意識は戻らない。 「揺らす前から、β波が強くなった。彼女には今の状況が見えているとしか思えない。あり得ないことだが…」 「先生」 「あ、すまない。そうですね、脳に損傷はないようだから、今は横になって休ませましょう。君、治療室のベッドへ運んでくれ」 「分かりました。…キャ❗️」 ベッドセットを外そうとした看護師が、何かに驚いて後ずさる。 「おい、どうした?」 「か…彼女が…」 見つめる先に、目を開いたリカがいた。 状況が飲み込めずキョロキョロしている。 「あ、気が付きましたか。良かった良かった。君は気を失ったので、念のため検査していたんだよ。心配はいらないですが、暫くは気をつけてくださいね。ほら、早く外してあげて」 看護師が首を傾げながら、作業に戻る。 (あの目は…気のせいかな) 看護師の口元に注目するミカ。 (やっぱり、声は出ていない…っ!何?) ミカの脳裏に、得体の知れない恐怖が浮かんだ。 (これが、彼女がもの…これが私?) 「はい、もう立っていいですよ」 (気のせいね、疲れてるからかな) 「ありがとうございます」 「先生、お世話かけました。さぁ、千尋が出てくるまで、カフェで待ちましょう」 (良かった…記憶は戻ってないか) (良かった…?) 自分の能力に気付いたリカ。 この2人が隠しているもの。 それを確かめよう。 そう思ったミカであった。
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