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Epilogue.
〜TERRAのスカイラウンジ〜
大晦日の朝7:30。
ラブに誘われて、紗夜が現れた。
紗夜の後に続く様に、豊川も来た。
「珍しいですね、豊川さん」
彼の意図を察したラブ。
「一度、来てみたくてな」
「豊川さんも、オススメのモーニングセットでいいかしら?」
「おぅ、頼む」
ラブがウェイターに、オーダーの合図を送る。
なかなか席に着かない豊川を待たず、ラブが話し始めた。
「今回の事件は、紗夜さんへの復讐のため、風井英正が、瑞樹さんの復讐を利用したもの。それと同時に風井は、闇の支配者としての復活を狙っていました。瑞樹さんを選んだのも、過去の大罪を知る者を、彼に排除させるため」
「ふっ、警察組織や政界には、警視総監風井英正の恩恵を受けた者が、沢山いるのだろう。その弱みにつけ込めば、復活も可能だな」
復讐の爆破事件は、本間瑞樹の死で幕を閉じ、その原因となった両親の事件も再調査された。
結果として、ラブが提出した、風井英正自らの証言が決め手となり、風井には無期懲役の判決が下った。
野々宮は、弁護士資格剥奪の上、懲役刑に服し、何人かの弁護士や政治家も罰せられた。
本間貴金属工業は、金子が社長に就任し、戸澤香織が異例の副社長に、マリアが秘書に就いた。
そして、菊水千尋の連続撲殺事件は、思わぬところから確証が得られた。
千尋を乗せた後部席には、返り血が付着し、瑞樹は、自動車修理会社をしている友人に高額を支払い、修復処理をして貰っていた。
この友人は、もしもの時を考え、衣類やフットマット等の証拠品を残しておいた。
逮捕された千尋からバレることを恐れ、自ら警察に届け出たのである。
菊水千尋には国選弁護人がつき、精神鑑定の結果、精神異常による犯行とされ、専門の施設で監禁療養となった。
真っ白な雪を被った東京。
今年最後にして、最高に美しい景色。
眼下に広がる街を見渡し、今回の事件を振り返る紗夜。
「雪の東京ってのは、なかなかの絶景だな」
「豊川さん、高所恐怖症では?」
それが、ここへ来ていなかった理由であり、絶景と言いながらも、窓には近付かない。
「紗夜さん、俺の心ビビってたか?」
「さぁ…知りません」
笑顔を見せる紗夜。
「それでいい。もう2度と、奴がこの社会に現れることはないだろう。これで忌わしい宿命は、完全に断ち切れたわけだ。良かったな、紗夜さん」
「ええ…でも、瑞樹さんの死は…残念でなりません。我々警察組織が、国の為…いえ、権力の為に犠牲にしたご両親。その復讐と巨悪の根源を絶つために、たった一人で戦ってたのに…最後にまさか、妹に殺されるなんて…」
もう少し早く気付いていたら。
あの場に居たなら、止められたかも知れない。
悔やんでも悔やみ切れない想い。
「しかしだ、影の権力者なんか1人消しても、また次から次へと生まれちまう。悲しいかな、それでこの社会が成り立ってもいる。全く狂った世の中だ」
「紗夜さん…」
誘われた本意。
それを感じ取る紗夜。
「はい、ラブさん」
「子供の頃の千尋は、反抗的で決して良い子ではなかった。むしろ、危険な存在だった。それは決して、彼女が悪いわけではないかも知れない。衝動的に北川に殺意を持ち、誤って母親を刺してしまった。素直になれなかっただけで、母親のことは大好きだったのに…。その時から千尋の中に、真逆の優しい人格が生まれた」
「私が千尋さん達と医大を訪ねた時、香苗さんは正気でした。でも敢えて千尋を欺き続けたのは、優しい人格でいて欲しかったからだと思います」
紗夜には、やっとその理由が分かった。
「でも、ずっと1つの別人格に逃げ続けることはできない。抑え続けたが故に膨らんだ、北川への殺意の衝動。そこに、悪魔の人格、阿修羅が生まれた。瑞樹さんと香苗さんはそれを知り、千尋に暗示を掛けたのね」
「爆発音で覚醒し、母の声で封印する暗示。千尋さんの行動から人の目を逸らす様に、瑞樹さんは自分の復讐に、爆破という派手な手段を選び、風井の都合のいい告白を信じて実行した。その間に千尋さんは…」
脳裏に残虐な光景がFlashbackし、目を閉じて心から追い出す紗夜。
「まさか、阿修羅の暴力が、あそこまでエスカレートし、殺人に及ぶとは思ってなかったはず…」
「そう…ですね」
目を逸らす紗夜。
その微妙な心理を感じ取るラブ。
「私はそれが気になっています。紗夜さん」
真顔で紗夜を見つめる。
「おおっと、何を言ってるのか分かんねぇが、俺は聞かない方が良いかもな。まぁ、不思議な力を持つ者同士で、じっくり話し合ってくれ」
席を立つ豊川。
その顔を見上げるラブ。
「はぁ…お見通しか。紗夜さん、一言だけ答えてくれ。俺はあんたを信じている。それは、どんな答えだろうが、これからも変わらねぇ。ただ、ハッキリ紗夜さんの口から聞かないと、どうにも気が晴れなくてな」
「豊川さん、いったい何を?」
その瞳を見つめる豊川。
「…ったく!不利な証拠を提示した俺を、一つも気にしてないってのも不思議だが…単刀直入に聞く。紗夜さん、あんたは殺ってねぇよな?…その右手は、使ってねぇよな?」
刑事豊川の目が、紗夜を見下ろす。
その目を逸らさない紗夜。
「はい」
少し間を置き、頷きながら一言で答えた。
「フッ…バカなこと聞いちまったな。その目を信じるよ。悪かったな」
そのまま背を向けて、歩き出す。
(豊川さん…)
ラブは知っていた。
彼は毛髪のある一部を、警察の取引機関には渡さず、TERRAの科学技術部長、ヴェロニカに渡した。
豊川が隠した紗夜の毛髪には、被害者の血液が付着していたのである。
本間宅で採取された検体では、あり得ない。
もちろん、だからと言って、紗夜が殺人に加担したとは限らない。
だから、ここに来たのであった。
「あ、お客様」
豊川をウェイターが引き留め、2人で会話を交わしている。
「悪ぃなぁ。テイクアウトで頼む💦」
そこには、いつもの豊川の姿があった。
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