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〜新宿歌舞伎町〜
12月26日 21:30。
最初の犠牲者が路地裏で発見された。
頭部から胸部までが潰され、辺りには血が飛び散り、凄惨な光景であった。
丁度近くのコンビニで強盗事件があり、辺りを見廻っていた紗夜と淳一が現場に急行。
同時刻に爆破事件も発生し、淳一はそちらへ、紗夜は路地裏へと踏み込んだ。
野次馬や報道陣は、派手な爆破事件へと群がり、現場はひっそりとしていた。
既に所轄の刑事と鑑識班がいて、害者の妻も駆け付け、幼い少女もいた。
地面にへたり込み、呆然と亡骸を見つめる妻。
その傍らで、シートを被った、父親の変わり果てた姿を見下ろしている少女。
その光景に、かつての自分が重なり、眩暈に襲われて前のめりに倒れる紗夜。
「大丈夫ですか?」
若い警官が差し伸べた手に、地についた手を伸ばそうとし、手袋が濡れていることに気付く。
嗅ぎ慣れた錆臭い匂い。
流れ溜まった血に、見下ろす少女の輪郭が映って見えた。
血を吸った右の手袋の中。
痛みと共に、アレの存在を感じる。
汚れた手袋は捨て、血を洗い流し、携帯している新品に替えた。
富士本や他の者は帰宅し、無人の刑事課。
血の着いたコートのまま署に戻り、報告書を提出して帰宅。
淳一の方は朝まで現場となり、シャワーを浴びた紗夜は、着替えをバッグに詰めて、深夜の街へマイカーを走らせた。
TERRAの医療技術により、あの右手は、車の運転も可能なまでに回復していたのである。
その後は、報告はメールで行い、家にも署にも姿を見せず、連続する殺人現場に真っ先にいて、最後は拉致された。
幾つかのシーンが、頭の中にバラバラと散らばっている。
「…さん。…夜さん。…紗夜さん、大丈夫?」
ラブの声に、我に還る紗夜。
いつの間にか、モーニングセットが、テーブルに置かれていた。
ラブが豊川に気を取られていた、僅かな間。
紗夜がトランス状態に陥り、心が消えた。
約1分間。
ラブは、紗夜が今見ているものに集中した。
しかし、何かにブロックされ、見えなかったのである。
「ごめんなさい。私…急に事件のことが浮かんできて…」
「それで、何か思い出せましたか?」
「…よく…分からないんです」
(違う…何を護っている?)
「紗夜さん、あなたは最初の事件の夜から、車で出掛けて戻らなかった。なぜ事件が続くと?」
「…それは…何となくそんな気がして」
事実そうだったのかも知れない。
しかし、正常な彼女なら、そんな曖昧な行動はしないはず。
「実は…ラブさん。あまり覚えてないんです。千尋さんの部屋で、隠してあった手袋に、この右手を差し込むまで、自分が誰かさえも分からなかった」
(あの右手…か)
ラブもそのモノを感じ、力も目の当たりにした。
「最初の光景を見た時から、幼い頃のトラウマに襲われたあなたは、既に宮本紗夜ではなくなっていた様ね」
「私はその間、どうしていたのか…」
「現場に駆けつけた警官の話では、紗夜さんは既に来ていて、ちゃんと現場検証をしていたとのこと。ただ…」
ラブが話すべきか悩む。
「ただ、何ですか?」
「紗夜さんの手や服に、血痕が付いていたと聞きました。確認のために遺体に触れたり、死んだ直後の遺体から、死後の神経反応で、吹き出した血液が付着したものと考えたみたい」
「遺体に触れるなんて…」
「普通ならしないわよね」
(不安と…安堵?そして警戒…)
「私のこの右手にいるモノ…時々制御できなくなる時があって…。でも、罪のない人に危害を加えることは、ないと思います」
(自信はなし…か)
「確かに、北川さんを阿修羅が襲った時は、その犯行を止めています」
「あの時…阿修羅に触れたアレを通じて私は、千尋さんの中に、私と同じモノを感じました。それはつまり、私も阿修羅の様に…なり得るということ?」
「それは私にも分かりません。ただ、最後の事件では、千尋さんを守るためとは言え、止めなければ、危うく昴さんの腕を握り潰してしまうところでした」
昴の手首には、小さな手のアザが残り、未だに、あの時感じた恐怖を忘れていない。
「それは…覚えています。私の意思より早く、アレが千尋さんを守ろうとしていました」
「紗夜さんの場合、多重人格ではなく、その右手に潜むモノが、単独で動いている様ね。調べた限りでは、あなたに力を貸して、護っている様です」
右手を見つめる紗夜。
ラブの携帯が鳴る。
「ラブ〜そろそろ時間よ」
「分かりました」
「今日もお忙しいんでしょうね」
「みたいね。紗夜さん朝からありがとう。少なくとも、あなたは潔白よ。右手は気になるけど、味方みたいだし、安心していいんじゃないかしら」
ラブの笑顔が、紗夜を元気付ける。
「はい。ありがとうございます」
「ほら、ここのモーニングは人気なのよ、食べて。私は行くけど、ゆっくりしてってね。じゃあ、また来年もよろしくお願いします❣️」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
結局、真相は分からない。
でも、紗夜に笑顔が戻った。
今のラブには、それでいいと思えた。
いつかアレと、本気で闘う時が来るかも知れない。
その予感は拭いきれないが、心配しても仕方ないこと。
ネガティブなんて、ラブじゃない❣️
そんな私を世界は望んでなんかいない。
世界のために精一杯に生きる。
それが、トーイ・ラブであった。
(とはいえ…凛ったら、仕事入れすぎよ…💧)
スーパースターでも、ボヤくことはある…
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