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そうしてどれほど経っただろうか。
目が覚めて時刻を確認すると、まもなく今日が終わろうとしていた。
あれから十時間近くは過ぎており、やっぱり私はよく寝るようだ。
そのまま朝まで寝る気にはなれず、のそりと布団から起き上がると、私は部屋を出てアパートの広間へ向かった。
「あら」
「あ…、こんばんわ」
誰もいないだろうと思っていた広間には紅さんがいて、一人お茶を飲みながらくつろいでいた。
「眠れないの?」
「あ、いえ…、むしろ寝起きです」
「まあ。でもちょうどよかった、お茶飲んでかない?」
私に気づくなり紅さんがそう言った。
とくにすることもなかった私はその誘いにのると、すぐに紅さんがお茶を用意してくれた。
「ルイボスティーよ」
「ありがとうございます」
おしゃれだな、と思った。
出されたお茶もそうだが、それを飲むこの人の姿もどこか絵になるようで、味気ない部屋着と寝起きで乱れた髪型の自分とは正反対だ。
私は無意識にため息をもらした。
「なあに?ため息なんてついちゃって」
すると、それはしっかり紅さんの耳に入っていたようで、私はドギマギしながら言った。
「いや…、紅さんが淹れてくれたお茶おいしいです!この時間のティータイムも悪くないっていいますか……。
その、応募した小説コンテストに落ちまして…」
私を見る紅さんの目に、ごまかせないと感じた私は今日の出来事を正直に話した。
コンテストに落ちたこと。
そのコンテストの中で、拙い作品ながらも熱意だけで認められ賞を与えられた人がいること。
何度応募しても少しも賞には届かないこと……。など。感じた心のもやもやを、全て正直に吐き出した。
「アリスはプロの作家を目指しているわけじゃないのよね?でも賞は取りたいの?」
「賞は…、取れるなら取りたいです。たしかにプロにはならないけど、でも執筆に対する実績や肩書きはほしいというか…。
私取り柄がなくて、好きで続けてきた執筆活動で何か形を残したいんだと思います」
「自分の書いたものを認めてもらいたいってこと?」
「そう、かもしれません…」
「それ、選ばれなかったからといって、アリスの作品が否定されたわけじゃないんじゃない?」
「え?」
すると、静かに私の話を聞いていた紅さんが言った。
「以前ここで面接した時、アリス言ってたじゃない。芸術の世界は抽象的で不平等なものだって。覚えてるかしら?」
私はうなずく。あの時も、こうして紅さんとお茶を飲みながら話していた。
「そのコンテストも、携わる審査員たちの感性やら趣味が少なからずあったのかもしれない。
タイミングや運…、そういう具体的に表現できないものが絡んでくるからテストと違ってはっきりした結果も出ない。
でも、だからこそ人の評価なんてアテにならないんじゃない?」
「アテにならない、ですか…」
「えぇ。片方では不要と判断されたものがもう片方では必要とされたり…。見る人によって姿形が定まらないのが芸術だからね。
熱意をアピールするのも大事だけど、自分の創作と地道に末永く向き合っていく…。そういう静かな情熱の方が、ワタシは大事だと思うわよ。
このアパートはそれがなくなると、自然と出ていくようになっているから」
紅さんが淡々とそう話す中、私は最後の言葉が引っかかり聞き返した。
「出ていくようになっているとは…、芸術活動をやめたら出ていくルールってことですか?」
すると紅さんは静かに首を横にふる。
「いいえ。きっとこのアパートがその人に飽きちゃうのかもね…。不思議でしょう?」
紅さんのその言葉が私にはよくわからなかった。
とりあえずそうですねとうなずくと、私はカップに口をつけお茶をにごすのだった。
*
それから数日が経ち、私はいつも通り図書館の仕事に従事していた。
忙しい午前の勤務を終え、やっとお昼休憩をむかえた私はいつものようにスマホを見る。
すると、画面に一件の通知があることに気づいた。
なんだろう?そう思いながらその通知をタップすれば、一通のメッセージが表示された。
それを確認した時、私は先日の紅さんの言葉を思い出した。
「……賞には届かなかったけど」
そのメッセージは、この前のコンテストを開催していた小説投稿サイトの通知機能によるもので、落選した私の作品にいいねとお気に入り登録がなされたことを知らせるものであった。
ペンネームは「アリス」で登録している。
「――アリスさん。あなたの作品がいいねとお気に入りに追加されました」
賞どころか、あと少しにも届かなかった私の小説。
でも、私は心が浮き立つのを感じて、あのもやもやがいつの間にか軽くなっているのを感じた。
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