アズサ イン ストーリーランド

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このアパートにはアリスの他に四人の住人が住んでいる。 ピアニストのミシェル。版画作家のサンディー。舞台役者のボックス。そして華道家のフローラだ。 ちなみに全員日本人で、名前は大家さんのセンスでつけたあだ名である。 今日は休日。私は自分の部屋で一人、趣味の小説を書いていた。 あの日、面接で紅さんからの質問で、プロの作家は目指していないと言った私は地味に十年以上も執筆を続けている。あくまでも趣味で続けている創作活動だ。 でも…、でもいつか、自分が生み出した物語が形になって、表の世界で日の目を浴びる日が来たらいいなぁ。なんて願望が、ないわけではなかった。 そんな日を夢見て、書いたものをネット小説やweb作家のコンテストなどにたびたび上げていた。 しかし現実はPVもいいねの数もほとんどつかず、コンテストではかすりもせず…。という残念なものだった。 「はぁ…」 私はほぼ白紙状態の下書きノートを前にため息をこぼした。 アパートの広間からはミシェルのピアノの音色がBGMのように聞こえてくる。 ここの住人たちは皆それぞれ芸術的な活動にいそしんでいて、その目的や形態も実に様々であった。 プロとして活動している者。プロになることを目指している者。働きながらアマチュアとして活動する者。はたまた趣味が功を奏し、仕事として向き合うようになった者など…。 形は違えど皆自分の中にそれぞれの世界をちゃんと持っているようだった。 ただ共通しているのは、これらの活動が安定した暮らしをもたらしているとは言えないことだ。 当の私も普段は大学の図書館に勤務しているが、収入は不安定で安定した生活を送っているとは言えない。 ピアニストとして活躍するミシェルも、コンサートなどそれっぽい活動がない時はピアノの先生として教え子のレッスンをしているんだとか。 舞台役者のボックスはバイトを掛け持ちして生計を立てているし、サンディーは契約社員の一般事務。 好きで続けていた趣味が運よくお仕事になったフローラも、正直その懐事情はわからない。 私がイメージしたように、芸術に関わる人間というのはその手に大金を掴むことが遠い人種のような気がする。 「たとえお金が得られなくても、その活動を続けますか?」 紅さんが、以前そんなことを問いかけたそうだ。 「続けます」 その問いに対し、住人たちは迷うことなく皆そう答えたそうだ。 「あ…っ」 そういえば、と私はふと思い出した。 たしか今日は、以前応募したweb小説コンテストの結果発表の日だったよな。 スマホに手をのばし小説サイトを開くと、結果発表という目立つ文字と同時に大々的なページが設けられていた。 私はドキドキしながら、かすかに震える指でページを下へスクロールさせていく。 「……」 上から順に大賞、金賞、銀賞。そして佳作、次にもう少しで賞と続いていく。 様々なジャンルの作品やタイトルが並んでいる。けど、その中に私が応募したものは見つからなかった。 「はぁー…」 先程よりも大きくて深いため息がこぼれ出た。 あんなにドキドキしていた心臓も、かすかに震えていた指も、急激に治まっていくのがわかる。 これで何回目だろうか。この感覚を体験するのは…。 私には十年以上の執筆歴がある。でもこの十年もの間、私は何か得るものがあったのだろうか? 「あれ?これは…」 そう思った時、私はページ内にまだもう一つ、とある賞がのっているのに気づいた。
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