アズサ イン ストーリーランド

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特別審査員賞――。 それは、ほかの華々しい賞たちに混ざり、でもそれらの光にのまれることなく堂々とした存在感を放っていた。 たしかにこの賞は他と違い毎回必ずあるわけではなく、そのコンテストの情勢によって突然現れるという。 とても貴重でとてもレアな、幻の賞だと聞いたことがあるような?そんな賞らしい。 そんなすごい、ある意味大賞よりも価値を上回るそれを手にしたのはどんな人なのか。私は作者の名前を見ると、 「この人って…」 そこには見たことのある名前がのっていた。 それはこのコンテスト内の「もう少しで賞」によくランクインしている名前であった。 その人の応募作品の横には審査員からのメッセージが丁寧に添えられていて、こう書いてあった。 ――この作品には拙さを感じましたが、それ以上に書くことへの情熱やコンテストへの思い、小説への愛など、そういったものをどの作品よりも強く感じられました。その熱意に圧倒され、今回賞を授与いたしました。 というものであった。 「はあぁあ――っ!?」 私は思わず叫んでいた。 それは作品の内容には触れず、応募する際の自由記述欄につづったという情熱的な思いが熱意として評価されたというものであった。 え?何それ…… 熱意、情熱? そんなもので簡単に幻の賞が取れちゃうものなの? 私はその人の作品を読んでみる。しかし、どこがいいのか正直私にはわからなかった。 「もう少しで賞」は、その名の通りあともう少しで入賞できる可能性を持った者に与えられる賞だ。 結果発表のページには、いくつものもう少しで賞に数えられた作品たちが並んでいる。 もう少し、あともう少しだけ…… 届きそうで届かない。でも、もう少しだけがんばれば手が届く、そんな希望のある距離。 でも私は、そのもう少しにすら届いていない。 学生の頃から飽きっぽく、運動も勉強も熱意のなかった私がこれまで唯一続けてこれたのが執筆という創作活動であった。 十年以上のキャリアはある。でもその中には、賞を取ったという実績も、人気という肩書きも、評価されるだけの熱意も、小手先のテクニックすらも何もない。 もやもやと、心の中で強いもどかしさを感じた。 バン!と乱暴にスマホを机に置くと、私は部屋の窓を開けた。 アパートの外は庭になっていて、そこにはボックスが一人お芝居の練習に打ち込んでいた。 台本を読む彼の声が自然と聞こえてくる。よく見ると、ボックスの近くに一匹のネコがいて、まるで彼の練習を静かに見守っているようだった。 その光景に、殺伐としていた私の心が少しだけほぐれた気がする。 すると、ふいにネコがこちらを向き、目が合った。 「――おい」 「…え?」 なんと、ネコが話しかけてきたのだ。 「お前、何のために小説なんて書いてんの?プロになるつもりもないのに書き続ける意味なんてあんの?」 「えっと…」 そしてそんなことを聞く。私はしどろもどろになりながらも答える。 「書くのが楽しいから…。頭の中の世界をきちんと表現して形にしたいから」 「あいまいな理由だなー。目的も弱いし熱意も感じない。そんなんだから情熱アピールのやつにかすめ取られるんだよ」 「…別にプロを目指してないならそれでもいいじゃない」 「お固いねー。けど選ばれたいなら多少の小細工も必要じゃん? そいつだって拙い文章なのに情熱的なラブレターでまんまと賞を勝ち取ったわけだし。 実績や肩書きが欲しいなら自分をアピールしたりはやりにのったり、そうやって目立つことして注目を集めるのが器用なやり方でしょ?」 「そういうのはやりたくない…」 「律儀だねぇ。お勉強の世界と違って、真面目に続けたぶん自分に返ってくる世界じゃないんだぜ?好みや感情…、そういう心のツボをうまく突けたやつだけが選ばれる。そういう世界だ」 うるさい… 「もし次挑戦するなら、そこんとこ意識して」 「うるさい…っ!!」 声を張り上げて言った。ハッと我に返ると、庭で一人芝居の練習をしていたボックスが目を丸くしてこちらを見ている。 近くにいたネコも小首をかしげた様子で見つめてくる。 「あ…っ、ごめん。何でもない」 私は彼らにそう言って、ごまかすようにそのまま窓を閉めた。 だめだ、ネコが話しかけてくる幻想まで見えてきたようだ。私は敷きっぱなしの布団の上に倒れ込んだ。 心の中の、この強いもやもやを抑えようと、そのまま目を閉じる。 まだ昼間だけど、寝よう。 寝れば少しは気持ちも晴れるだろう。私は昔からよく寝る方だ。眠れば十時間は起きなくて済む。 そう自分に言い聞かせ、半ば強引に私は夢の中へ落ちていった。
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