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第三話 色のある男*
□ 朔太郎
「『太郎くん』、ちゅうすんの好き?」
「……初めてだからよくわかんないけど、気持ちいい……」
「そりゃ嬉しい。もっと口開けて、……ほら、もっとだよ」
『彼』の声は低く、穏やかで、艶やかだった。俺の身体は彼の言葉に従順に従ってしまう。彼の指を噛まないように口を大きく開けると「素直」と彼は笑った。
彼の指が俺の口内に入り込み、舌を撫でたり、頬の内側を撫でたりする。苦しくて、わけがわからなくて彼を睨むと「フェラみたいだろ」と笑った。
「いつか、こんな風に舐めてくれ」
ジュル、と俺の口からぬかれた指を、彼がベロりと舐める。自分の指を舐められたわけでもないのに、その扇情的な仕草にゾゾゾと全身が総毛立つ。
「だ、……だったら……指じゃなくて、……今、舐めさせてよ」
「だぁめ。君、ちょっと慣れてなさすぎて危ない」
「噛まないよっ」
「噛まれたら泣くよ。歯が当たっても泣くからな」
彼はそんな風に笑いながら、濡れた指を俺の体の背面に回し、そのままゆっくりと下ろしていく。彼の指の先にある場所は、はじめはしっかり閉じてしまっていたのに、今は力がぬけたみたいにふわふわしている。
ちゅぷ、と音を立てて、彼の指が入ってきた。思わず身を反らすと、彼は俺を抱き締めて目尻にキスをくれる。
「息をゆーっくりして、怖くないから」
言われた通りゆっくりと息をしている間に、彼が俺の体に入っていく。指が深く入り、増やされ、かきまわされ、俺の体がこじ開けられる。痛みはなく、あるのは鈍い性感だけ。
「前立腺、いじめるよ?」
「え、……そこ、はぅ、……ぁあ!」
「うんうん、気持ちいいね……よかった、よかった」
開かれた身体は燃えているみたいに熱くなって、俺の目は勝手に涙を流した。彼の肩にしがみついて、けれど彼から逃げたくて腰を浮かせば、より一層彼が深く入り込んでくる。
「逃げない、逃げない、……逃げても捕まるだけだよ」
彼は歌うようにそう言って、宣言通り俺をいじめる。自分の口からこぼれ落ちる声が聴きたくないぐらい高くて、甘くて、女みたいだった。自分でも触ったことのある場所のはずなのに、なにもかもが異なる。際限なく気持ちよくて、痛くも苦しくもないのに、怖い。足が勝手にはねて、指を丸めてしまう。いやらしい水音が俺の意識を追い詰めていく。
彼に抱きついて、制止しようとしても、出てきた声は「もぉ、だめぇ」と媚びてしまう。彼は右手で俺をいじめながら、左腕で俺を抱きかかえ、安心させるように、頬や耳にキスをしてくれた。
「イけそう? いいよ、イって」
「う、あっ、あっ!」
甘い声にうながされ、初めて後ろだけで達してしまった。息すら自分の意思では制御できない。はふ、はふ、と息をして、なんとか正常を取り戻そうとしているのに、また彼の指は動き出してしまう。
「だめ、だめ……あぁっ、だめぇっ!」
「だめじゃない、俺に任せて」
「これ、……いつ、……いつ終わるの……」
俺の問いに、彼は深く息を吐いた。
「終わんないよ、ずっと終わんない。……ずっと気持ちいいよ。ずっと……」
まるで洗脳だ。俺の身体は彼の言葉に喜んで、勝手にはねあがる。はねあがって、燃え上がって、頭の中が真っ白になる。そうしてどこかにとんでいってしまいそうな体を、けれど彼の掌が引きずり戻す。
「『太郎くん』、……ほら、見てごらん」
「なに……」
「ちゃんと指が三本も入ったよ。上手、上手、……気持ちよかったね」
「……今、やっと、指が入ったの?」
俺の身体はもうこれ以上はないぐらいに疲れていて、熱くて、ぐずぐずだった。もう寝てしまいたい。けれど俺をそんなにした彼は楽しそうに「これからもっと気持ちよくなるよ」と恐ろしいことを言った。
「もう、……もういい……」
「そんなつれないこと言わないの。俺、まだ一回もイッてないんだからさ」
「だって、俺、もう……」
彼は俺の涙を舐めると、指をぬき、代わりに彼のものを押し当てる。初めて他人のものに触った。……ずっとこうしてほしかった。こうやって男に抱かれたかった。今まで何度も動画で見た通りの、『セックス』だ。
つい、唾を飲む。彼は嬉しそうに、笑う。
「さっきは舐めたいって言ってくれたろ、これ。ね、君、これを……入れてほしいだろ?」
彼はとても美しい人だ。
左右対称の人形のような顔をしていて、その深い眼孔に収められた瞳は日本人にはほとんどいないアンバーの輝きを持っていた。俺の身体を丁寧に開いた彼の指は細く長く骨ばっていて、俺の身体に覆いかぶさる彼の身体は俺の倍ぐらい筋肉が付いている。彼の肌から、甘いバニラのような、石鹸のような、柔らかい匂いがする。
「抱いてほしいよね?」
汗とまじって、その匂いがふっとムスクの香りに変わる。
「……抱いて、ほしい……」
色気があるとはきっとこんな人を言うのだろう。
こんな人に声をかけられたら俺じゃなくたって、きっとだれだってついていってしまう。
「じゃあ、入れるよ、……力ぬいててね」
こんな人にこんなことをされてしまったら、もう、――きっとだれだって戻れない。
「あっ! あああっ!」
「アハ、獣みたい。……あれ、ドライでイッちゃってる?」
「ひぁっあっ、……止まって、止まってえっ」
「俺は動いてないよ? あらら、泣いちゃった……気持ちいいね?」
「気持ちよすぎるっ! おかしい、こんなのっ知らない、わかんない、……せっくす、すごいぃ……」
「ふは、可愛いなあ、君。じゃあもっとわかんなくなっちゃおうか?」
「そんなの、知ったら、俺、死んじゃう」
俺の言葉に、彼は笑った。
「死んじゃえよ、可愛い可愛い『太郎くん』」
名前もわからないその人は、その夜だけで、俺の身体を根本から作り変えてしまった。
――そうして、何度その時間にその街にいっても、二度と出会うことはなかった。
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