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人の顔を顔として判別できない。
俺が自分のその『問題』に気がついたのは、周りの人の言う俺の顔への評価と俺が鏡で見る自分の顔の印象があまりにも離れていたからだ。
俺は他の人から見たら『美形』らしい。だが自分の目では、二重の目の動きが目について、他の部分はわからない。口を見ようとすると、厚い唇の色が気になると、今度は目のことはわからなくなる。
俺はそんな風に顔をひとつの顔として認識できないのだ。だから口が笑っていれば笑っていると思ってしまう。実は目が笑ってないと言われてもわからない。俺にとって人間の顔はとても複雑な動きをするもので、読みとけるものではない。
この『人の表情を理解できない』ことは、俺の人間関係構築をことごとく邪魔してきた。特に恋愛においては致命的だった。
女性と付き合っても、男性と付き合っても、どちらとでもない人と付き合っても、最終的には「なんでわかんないの!」でフラれる。いや逆になんでわかるんだよ、としか俺は思えないのだから、その溝は永遠に埋まらないのだ。だから、俺は一人の人と深く付き合うことは諦めて、代わりに一夜限りの相手と楽しむことを覚えた。
それだけの関係なら表情は読まなくていい。体の反応を見ていればいいから、気楽だし、それに、……体は嘘はつかないものだ。だから安心する。あったかい体を抱きしめて眠っているときは、不安を感じないでいられる。だから、……だから俺は倫理が少し死んだバイとして生きている。
そして、俺のこの問題について、会社で知っているのは篠田さんだけだ。
彼女にも言ったわけではない。ただ彼女は入社半年で『もしかして久住くん、人の顔覚えられない?』『表情読むの苦手?』『しんどいなら言って、サポートできるから』と俺に手を差し伸べてくれた。彼女が様々な場面で俺と相手の間に立ってくれたから、俺はまだこの会社で働けている。
会議室に入り、向かい合って座る。
今の俺には篠田さんの顔は、笑っているように見える。長い付き合いになればさすがになんとなくは分かるのだ。
「久住くんとの面談久しぶりだね」
「同期に面談されてんの、俺だけだからなあ」
「フフ、そうね。偉くなってよかった。じゃあ、まずは坂本くんね。端から見てるとうまくやってるみたいだけど、『どう』?」
坂本くんの顔をなんとか思い返そうとするが、耳の傷や、首の傷や、うなじに流された黒髪のことばかり思い出して、顔の形にならない。
「……ンー、顔はまだ、わかんないな。今日、笑ってたと思うけど笑ってた?」
「ゲラゲラだったわ」
「そう。じゃあよかった。……彼は真面目にやってくれるし、俺の指示への理解力って言うか、反応が早くて助かる。あれならすぐランク上がるんじゃないかな」
「そう。彼、久住くんにつく前は評価低くつけられてたの。顔が怖いとかで……」
「怖い? 坂本くん、あんなに可愛いのに?」
「……可愛い?」
目を閉じて、坂本くんを思い出す。
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