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「朝大きい声で挨拶してくれるし、わからなかったらすぐ聞いてくれるし、お礼も言ってくれるし、謝ってくれるし、素直で可愛いよ。仕事の覚えも早いし、客先のどうでもいい雑談もちゃんと覚えているし、傷が痛いときもあるだろうに頑張ってるし、……あと話し方がセクシーでいいよな……」
「久住くん」
「すいません、セクハラでした」
俺が頭を下げても、篠田さんは俺を睨んだ。
「本当駄目よ。職場の人は絶対に駄目よ。顔がわからないからって、手を出さないでね? さすがにフォローできないからね」
「すいません、気を付けます……」
「……まあ、でも坂本くんとうまくやれててよかった。私も彼はちゃんと評価されるところに置いてあげたかったから」
彼女がクスリと笑う。
「久住くんでよかった。君は人の表面を見ない、いい上司だからね」
突然の褒め言葉に、キュン、ときた。
「……篠田さんって今パートナーいたっけ?」
「います。あと久住くんは私の中では手間のかかる甥っ子って感じだから無理」
告る前に即フラれたので机に伏せる。彼女は俺の態度に、アハ、と高い声で笑った。
「くそ、ワンチャンすらないのか……」
「だからそういうところが駄目なのよ。私がいつまでも日本支社にいると限らないんだから、ちゃんと直してね」
「あ、そうだったね。異動希望通りそう?」
「なんとかねー。来年の夏ぐらいには」
「ロンドン本社?」
「うん」
体を起こして「おめでとう」と言うと「心配だな」と彼女は眉を下げた。
「ちゃんとその事を話してね。坂本くんと一緒に仕事するなら、なるべく早く。……久住くんが他の人に誤解されないように、サポートしてもらって。彼なら安心して任せられると思うの」
「……誤解じゃないよ。俺、人のことわかんないのは事実だし……セクハラやろうなのも事実だ。篠田さんが今までサポートしてくれたから誤魔化せてただけで、……俺はクズなんだよ」
彼女は頬杖をつくと、笑った。
「久住くん、人間は人間に迷惑をかけるものなのよ。迷惑をかけることを恐れないで」
「……篠田さんは優しすぎる」
「きみが優秀だからよ。優秀だからこそ、一人で抱え込みそうで……心配だよ」
「……上手くやるよ」
「だから、上手くやったら駄目なんだって。もう、勝手に公表してやろうかしら」
「アウティングやめてくださいー」
「そうね、……」
彼女の手が俺の前髪に触れる。
「やっぱりこれ、君には似合わないわ」
「……だよなあ?」
「早くいい美容師見つけなさいね」
「ん、頑張る。ありがとう、篠田さん」
その後は仕事の話をして面談は終わった。坂本くんはあと半年は俺の部下ということになった。本人希望もそうだったから、とサラリと言われて言葉が、この日一番嬉しかった。
だから、三時間残業して残っていた仕事を終わらせた。伸びた前髪はポンパドールにしようが邪魔なままだった。
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