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「前に髪切ったのっていつぐらいですか?」
「多分、春……半年前ぐらいかな」
「カラーはしてないですかね。ふんふん、こういう方向に癖ありますか? 朝起きたら跳ねたりとかしません?」
「あー……短いとあるかも。今長いからよくわからない」
「分かりました。お風呂上りに髪乾かすの苦痛です?」
「できれば自然乾燥したい」
「はい、了解です。じゃあ手間がかからなくて、そこそこちゃんと決まって、長持ちする感じのショートにしますねー」
とても短いカウンセリングの後、彼は散髪を始めてくれた。その手間のかからない感じがおばちゃんの散髪に近くて、俺は少しほっとする。彼の店に流れている音楽は聞いたことのない言語の曲で、歌詞が耳に残らないところもよかった。
目を閉じて、ハサミの音をぼんやりと聞く。
――気楽だ。
ふと、ハサミの音が止まり、目を開く。鏡越しに丸い彼の瞳と目が合った。
「……後ろってバリカンしてもいいですか?」
「いいよ、お任せ」
「アハ、ありがとうございます」
バリカンの音を聞きながら、思いっきり切ってくれるの楽だなあとぼんやり思う。あれこれ聞かれるのがとにかく嫌なのだ。目を閉じて、開いたらもうできていてほしい。そんなことを思いながら、鏡に映る彼を見る。
顎のラインが綺麗だ。痩せすぎなぐらい細いところは気になるけど、骨格が整っているのだろう。骨ばった指が俺の髪をすくうと、サクサク、ためらわずに切っていく。いい音がする。
「……久住さまって、あんまり話しかけられたくないです?」
「……内容によるかな……詰問されるのは嫌い」
「なるほど、……んー、じゃあ、この辺の話しを伺ってもいいですか? 俺、この店開けたのはいいんですけど、この辺全然知らないんですよ。美味しいお店とか、安い店とか、教えてくれませんか?」
「ああ……んー……そうだな、……つーか、なんでここに店開いたの?」
耳の上まで切られている。多分これは相当短くなるだろうと思いながら、ぼんやりと鏡越しに彼と目を合わせる。彼は俺の髪を見たまま「いや、たまたま安く貸してもらえたんですよ」と話し出す。
「ここの土地持っていた方が、前のお店のお客さんだったんですけど……以前にこの辺りで理容院されていたそうで、『朔太郎くんだったらお店開けるわよー、なんなら土地貸すわよー』って。改装費も少しカンパしてくれたんです。ちょーっと借金もしましたけどー、やっぱり店持つのは夢だったんで」
「……理容院? なんて名前?」
「ええ、理容院マエダって」
「マエダのおばちゃん?」
「あ、はい、あれ? ご存じですか? きゃぴっとした可愛い方ですよね」
彼の言葉で俺はすっかり安心した。
「おばちゃんのお墨付きなら、朔太郎くんは大丈夫だ。全部任せる」
「え、俺、もしかして今すごいハードル上げっちゃいました?」
「俺が死ぬまで髪切ってくれ。もうジプシーすんのやなんだよ」
「え、いや、えー、ありがたい話ですけど、それは……」
彼の眉が下がる。嫌なのだろうかと少し不安になったので「嫌?」と聞くと、「いや、嫌じゃないですよ。ただ久住さんの髪切りたい人はたくさんいるだろうなあと思っただけです」と彼の口は笑った。
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