蘇りの薬

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俺はとてつもなく後悔をしている。 愛莉の… 桜色の頬が、 柔らかな手足が、 細い指先が、 パンパンに膨らみ、汚い絵の具を塗りたくったような色になっている。 そして艶のなくなった唇で「大和」と呟かれた。 愛莉がベッドからおりようとした時にはネチョと液体の擦れる音がした。 愛らしかった目はカサカサに窪み、俺を見ている。でも、本当に見つめているかどうかも分からない。 俺はこんな愛莉を望んではいなかった。 === 「愛してる。本当に。……大和が大好き」 「俺もだよ、愛莉。だから。だから、死なないで」 愛莉は昔から病弱で長く生きられないと言われていた。 そして今回、風邪をこじらせたのが原因で、衰弱している。 かなり呼吸が浅くなっていた。 お互い20歳を過ぎたら結婚しようと約束していた幼馴染みであり、恋人。 「元気になったら一緒に色んな所へ行く約束したろ?」 「……うん」 「早く元気になろうな」 「……うん」 主治医を見ると顔を小さく左右に振った。 ……愛莉はその晩息を引き取った。 愛莉だった遺体(いれもの)は実家のベッドで寝かされた。 それは本人が希望していた事だった。 最後まで生きていたようにベッドで眠りたいと。 ベッドには何枚もシーツを敷き、プロの方たちが、彼女を綺麗にしてくれる。 俺は彼女と2人きりになった時に、ある液体の入った小瓶を彼女の唇につけた。 そして、少しずつ、口の中に流し込む。 それは、うちに伝わる"蘇りの薬"だった。 まだ愛莉の体は匂うほど腐り始めてはない。 少し顔色が悪い彼女がそこに眠っているように見える。 エンバーミングと言うのを聞いたことがあるが、まさに愛理がそんな風に見えた。 エンバーミングをしていないが、綺麗に見えるのは、 まだ…死後時間が経っていないからだろう。 ただ、この蘇りの薬は、レシピもなければ、生き返った後の注意もない。 俺がこの薬を、父から見せてもらった時、金魚鉢で浮いていた金魚に、この薬を一滴垂らすとまた元気に泳ぎ出したのを見て驚いた。 「これは安易に使うものではない、捨てて誰かが使う事があってはならないからと使わないものとして、うちの家宝としておいてある。……家宝と呼んでいいのかどうかわからないけれど」 父はそう言ったけれど、使うなら……愛莉に使いたい。 そう思ってこっそり家から持ち出した。 父が言っていた事は理解しているつもりでいたから、 だからこそ、躊躇いはあったが、愛する愛莉に死んでほしくなかった。 しばらくして、愛莉の、彼女の、目に光が薄く灯る… 俺は蘇りの薬を飲んで生き返った愛莉を抱きしめた。 まだ、ふにゃふにゃとしていたが、ゆっくり元気になればいい。 彼女の家族も喜んだ。蘇りの薬のことは内緒にしておいた。 うっすら笑う彼女は本当に美しく見えた。 しかし、時が経つにつれて、愛莉の肉がずれたり、髪が束で抜けたりしはじめた。 眼球も何だか白い。 その時、俺は思い出した。 死んだ金魚は生き返ったけれど、その後、肉が外れ、骨になっても泳いでいた事を。 俺は怖くなって近くの池に、骨の金魚を逃した。 「大和…」 俺に手を伸ばそうとして、愛莉の指先が 落ちた。 「ひぁっ…」 思わず悲鳴を上げてしまう。 そうだ。 そうなんだ。 この世に、死からの復活などない。 俺のした事は間違っていた。 愛莉、彼女は骨と皮になっても動いているのだろうか? 骨の金魚が水面をぱしゃんと飛んでいる気がした。
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