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俊也が額に手をあてながら「先生が持ってきた話やしな」と言ったあとにしばらく考えてから数回頷いた。
「詰み筋は読めた。答えは『F』でいい」
龍馬は俊也を見つめた。どうして確信したのかまったくわからない。
「理由は?」
「シンプルに、『大会での悪手から銀がなければと思ったに違いない』くらいで十分や」
龍馬には、投げやりな結論に思えた。
先ほど思いついた抜き取りの手順を俊也に伝えると、頷きながら「それでええと思う」と言った。龍馬は納得がいかず「ほんまに、大丈夫か?」と訊いた。
「全部読めとるから、安心してええで」
俊也が自信ありげだ。他の答えを思いつけるわけでもない。
「早めに、答えを伝えたげた方がええよ」
将棋大会まであと五日しかない。
俊也は明日からしばらく東京へ行くらしい。俊也が人見知りを発揮してクールガイだと誤解される様を想像し、龍馬はつい笑ってしまった。
「帰ってきたら、またごはん行こうな」
龍馬の言葉に、俊也が過剰に喜んだ。
「僕が帰ってくる日は、龍馬の二十歳の誕生日やんな。記念やし、僕も、なんか特別なプレゼントしたいわ」
五月の俊也の二十歳の誕生日には、箕面までケーキを買いに行った。
「あれは記念と思って用意したわけやないし、煎餅かなんかでええよ」
俊也はクスっと笑ったあとに「龍馬はほんま、お人よしやな」と言った。
銀は成らずに好手あり。3
オーナーに連絡を入れ、「銀を持ち去った人物が特定できました」と伝えた途端に「まだ、言わないでください」と止められた。
「答えの前に、理由を説明して欲しいんです。先生も踏まえて、龍馬さんの考えをおうかがいします」
龍馬にとってはただの『F』でも、オーナーにすれば大事な常連客だ。気持ちは理解できる。日時は、龍馬の講義がない時間帯で、基本的には智久の都合に合わせることになった。
オーナーに「せっかくなんで、プレゼンしてもらって、名探偵みたいに決め台詞とか言ってもらえると嬉しいです」と、妙なお願いをされた。やはり資産家は一般人とは感覚がずれている。ミステリ小説のように、容疑者を全員集めて名指しするわけでもない。決め台詞をいうタイミングなどないだろうに。そう思いながらも龍馬は、決め台詞を考えてみた。最初に思いついたのは「お前はもう詰んでいる」だった。将棋にちなんだ事件にしかつかえず、容疑者が目の前にいないと言えない。俊也が言った「詰み筋は読めた」を、将棋をさせない龍馬が使うのはおかしい。「じっちゃんの」のように探偵本人のルーツに由来するものか、「真実は」のように汎用性のあるものがよいだろう。探偵ものではないが「今夜は震えて眠れ」ラインも捨てがたい。しかし、あの手のセリフは龍馬の容姿では決まらないと気づいた。決め台詞については、オーナーが龍馬の緊張を解こうとして言った冗談なのかもしれない。『F』に絞っていった過程を説明するだけで問題はないはずだと、考えるのをやめた。
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