銀は成らずに好手あり。

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 龍馬の誕生日になった。俊也とは京都駅で待ち合わせ、京都タワー側の改札で合流した。会った途端に「対局みてくれた?」と言われた。 「東京へは、将棋しに行っとったんや」 「僕の仕事をなんやと思っとるん?」  俊也は龍馬が対局を観ないことを知っているはずだ。 「優勝者のインタビューでな『明日が僕を将棋の世界へ誘ってくれた大切な友人の二十歳の誕生日なので、勝つつもりで臨みました。』って言ったんやけど」 「優勝したんや。おめでとう」  俊也がはにかんだ。  夕方の京都駅は、混雑していた。駅を出るとバスが何台も並んでいた。夕食に牛カツを食べにいくことになっていた。その後で、どこかでお酒を飲む予定だ。  最近は日が落ちるのが早い。龍馬は、薄暗い中ライトアップされている京都タワーを見上げた。  疲れ切ったサラリーマンや、寄り添う恋人同士、観光に来た家族連れ、様々な人たちが駅前にいた。  龍馬と俊也は、牛カツの店に向かって烏丸通りを北へ進む。 「で、どうやった? 先生の誕プレ」  龍馬は「成功報酬と兼用言われたで」と返した。 「まだわかってへんの?」  俊也が、ありえないという表情で龍馬をみた。 「先生のプレゼントは、経験っていうか、成功体験やろ」  言われて、龍馬は立ち止まった。 「そ、そういうこと?」  事件は、智久とオーナーと二階堂の自演だったらしい。歩も事情を知った上で協力していたのかもしれない。龍馬が犯人をしぼれなければ、二階堂がわかりやすいヒントを出す手筈だったのだろう。 「いろいろ詰めが甘過ぎやったし、だいたい銀将を盗ったってしゃーないやん」  龍馬は、込み上げてくる笑いを抑えられなかった。 「ほんま、それ」  人目も気にせず、二人で笑いあう。  龍馬は騙されたことよりは、自分のために智久がオーナーたちに話を持ちかけて、それに二人が協力してくれたという事実が嬉しかった。「なんにせよ、俊也のおかげや」 「ちゃうで」  俊也は龍馬の言葉を否定した。 「情報を集めて整理したんは龍馬やん。僕は誰とも会ってなかったから、ほんの少し客観的にものごとを捉えられただけや。考えてみい。僕が誰かに話しかけて必要な情報を引き出せると思うか?」 「まあ、そうかもしれんな」  龍馬は気分が良くなった。 「僕の誕プレはな、顔より大きな駒の置物やで。『龍馬』って書いてあるやつ。数日以内に家に届くはずや」 「え、いらん。ほんま、いらん。冗談やんな」と、俊也に詰め寄った時、龍馬のスマートフォンに着信があった。二階堂警部補からだった。出ると挨拶もそこそこに「前に頼みたいと言ったことやけど」と切り出された。 「今度は、ほんまもんの事件やから」  二階堂の声が耳元で低く響く。  龍馬を、心配げに見つめる俊也と、目が合った。  <了>
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