銀は成らずに好手あり。

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 ――スイーツを求めて行列に並ぶ人の気持ちはわからない。ラーメンならまだしも。  ひとつ、ふたつ、みっつ、七人目の頭まで数えたところで、ため息が出て、数えるのをやめた。  佐藤龍馬(りゅうま)は、かれこれ二十分ほど、京都で人気の抹茶ティラミスの店に並んでいた。朝夕は過ごしやすくなったとはいえ、日中はじっとしていても汗ばむ。  龍馬がわざわざ並んでいるのは、とある人物への手土産として、このくらいの苦労がないと満足してもらえないからである。龍馬が、並ぶことも甘いものも嫌いなことを知っている相手だから、より効果が期待できる。  発端は「龍馬は探偵になりたいんやったな?」という、龍馬の父、智久の一言だった。  龍馬には覚えがなかったため、ミステリ小説を読み終わった直後に口走った程度だろう。探偵になりたくはなかったが、ここで否定すると「では、何になりたいんだ」と、返されるのが目に見えていた。法学部に通いながら司法試験を目指す気もない。二十歳を目前に、将来について何も決められていない。その場は肯定してやり過ごす気だった。  智久にとっては「目標がない」ことが許せないのであり、目標があるのならそれが「探偵になりたい」でも、構わないのだ。  子供の頃、智久はプロ棋士になる夢を周囲に反対されたらしい。努力の末に、目標は達成できたものの険しい道のりだったと言う。  智久から、「龍馬の目標はどんなものであろうと全面的に応援する」と言われたことがあった。現に、駒からとった名前を持つ龍馬が、将棋に興味を示さなくても、無理強いしてくることはなかった。すし屋や美容師など、その時々で龍馬がなりたいと言い出したものを肯定してくれていた。  龍馬は、探偵になりたいのかを訊かれたのは単なる目標の確認だと捉えていた。今回も「頑張れよ」で話が終わると踏んでいたがそうではなかった。智久から「調査して欲しいことがある」と、依頼が舞い込んだのだ。  智久からの依頼内容は『二条城近くにある将棋サロンで、いくつかの駒箱から銀将だけが抜き取られる事件が起きた。犯人は、サロンに出入りしている誰かのはずだから、公にせずに解決してほしい。』というものだった。  智久はサロンに呼ばれ、指導対局をすることがあった。その際にオーナーから話を聞き、「うちに探偵志望がいる」と、勝手に依頼をとってきた。 「サロンからの報酬はないが、交通費などの経費は、私が出そう。それと、成功報酬として新型のPCでどうや?」  龍馬は成功報酬に釣られて依頼を引き受けた。  龍馬はまず探偵のやり方を調べた。小説や漫画のように名探偵にしか解決できない難事件があるわけでもない。現実の探偵は、浮気調査や素行調査が主な業務であることはわかった。インターネットにある情報は、今回の依頼を解決するための参考にならなかった。  龍馬は、一時期夢中になったRPGの進め方を思い出した。謎を解くには、人に話しかけ棚や壁をつついてみればいい。モンスターはいないからレベルを上げる必要はない。簡単に新型PCが手に入る気になり、モチベーションが上がった。  とにかく関係者から話を聞いて情報を集めればいい。しかし、内輪で起こっている事件のため、犯人は関係者の可能性が高い。龍馬は、確実に犯人ではないであろうオーナーから当たることにした。  
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