銀は成らずに好手あり。

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 オーナーに連絡をとり、現場となっている将棋サロンを調査するため定休日に訪問することになった。龍馬は左京区に住んでいるので、地下鉄をつかった。二条城駅でおりサロンに向かう。立ち並ぶ町屋の一軒に『中京将棋サロン』と看板が掲げてあったのだが、木板が小さいせいで目立たず、龍馬は一度通り過ぎてしまった。  龍馬は入り口の前に立ち、呼び鈴を探したが見当たらなかった。どこかにあるはずだと、建物の表に目を走らせた。京町屋独特の濃い焦茶の外観で、窓も引き戸も、縦に細かく桟の組まれた格子が設えてある。  個人宅ではないのだから、戸を開けて入って良いと気づくまでに、数分かかった。龍馬が戸を開けると、滑車が回る軽快な音がした。同時に奥の方で来訪者を知らせるチャイムが鳴り始めた。  土間には裸電球がひとつついていた。土間は細長く奥の方は暗かった。入ると、空気がいくらか冷えていた。古い家の持つ、どこか懐かしい匂いがした。  土間の奥の方から男性が出てきて「お待ちしておりました」と言った。  オーナーは五十代半ばにみえた。西村正治と名乗り、龍馬に「先生によく似てらっしゃる」と嬉しそうに笑いかけてきた。 「名探偵のたまごだそうで」  オーナーの言葉を聞いて、龍馬は依頼を引き受けたことを後悔した。調査のために会う人には、本気で探偵を志していると思われてしまう。それでも、成功報酬が魅力的なので開き直り、笑顔で頷いた。 「さあ、お入りください」  オーナーに促され、サロン内に向かった。土間のつきあたりにスノコがあり、スリッパに履きかえた。土間と部屋はかなりの段差で、階段状の踏み台が置いてある。襖は開けてあったので中が見えた。寺や茶室のような空間を想像していたが、床はフローリングになっており、内装やインテリアがカフェのようだった。龍馬は中に入り室内を見回した。二人がけのテーブルが十台ある。他にもソファーとローテーブルの応接セットがいくつかあった。すべてアンティーク調で統一されている。ところどころ天井から吊り下げられている丸いランプシェードには和紙が貼ってある。和と洋が調和していた。  元は二部屋の和室だったのだろう中央に立派な透かし彫が施された欄間がある。  感じたままを伝えると「さすがですね。元々こちらもカフェの客席だったんです」と言われた。 「今も、中庭をはさんで東側では、カフェを営んでいます」  間口が狭く奥行きのある敷地は、東西で道に面しており、どちらからも入れるようになっていた。中央の八畳分ほどのスペースに小さな池や岩があり数種の樹木が植えられていた。東側と西側は、廊下で繋がっている。 「私が一度大病を患って、縮小したんです」  奇跡的に回復でき、残りの人生は好きなことをして過ごすと決めて将棋サロンを立ち上げた。カフェは主にオーナーの娘が切り盛りしているらしい。 「娘は二十代半ばの一番良い時なのに経営に夢中で彼氏もつくらずで」  龍馬はどう返していいかわからず曖昧に微笑んだ。  中庭に面したソファー席に案内された。生地の柄といい肘置や脚の木材の光沢といい、昔家族旅行で行った老舗旅館のロビーにあったものに近い。龍馬の目にも高級な家具だとわかった。 「佐藤先生にご指導いただく際の、特別席なんです。三面指しができるようにしてあります」  龍馬は、自分の父親のサロンでの立場に戸惑いを感じた。将棋のことは全くわからないから、父親の腕前がどのくらいのものか見当がつかなかった。
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