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「十日後に、子供将棋大会があるんです。それまでに持ち去った人を龍馬さんに特定してもらって、銀将を返却してもらいたいんです」
市内にある将棋教室の交流も兼ねているため、初戦にはすべての将棋盤が必要になるらしい。
龍馬は、銀将だけを十組買った方が早いのではないかと思った。どちらにしても犯人を特定しなければ繰り返される可能性がある。引き受けたからには、オーナーの意向を汲むべきだと考え直した。
コーヒーは苦みが柔らかくブラックでも飲みやすかった。事件が解決した後はカフェに通えば良いと思いながら、龍馬は自分の口元が緩んでいることに気づいた。
顔をあげるとオーナーと目があった。「美味しいコーヒーですね」とごまかした。
コーヒーを飲み終わり、実際に将棋の棚の前で詳しく状況を確認することにした。銀が無くなっていたのは単純に下から二段分の十組だった。メモに書いた図の、銀将の抜けている駒箱にばつ印をいれた。
「一度に抜き取られたか、徐々に減っていったのかはわからないんですね?」
オーナーは頷いた。
「銀将が無くなっていたことは、皆さんご存じなんですか?」
発見したのが客の一人というのもあって、ほぼ知れ渡っているという。皆が警戒している間は動かない可能性が高い。そうなると、先月の大会から、銀将盗難に気づいた日までの客の出入りから判断するしかなさそうだ。月極の会員になっている客もいるため、パソコンでデータ管理してあった。
棚は、受付のそばの目立つ位置にある。対局は思い思いの場所で行われているため、確実に人目がない時間はなさそうだった。どのタイミングで抜き取ったのかがわからない。
「施錠はオーナーがされるんですね? いつも最後まで残る方はおられますか?」
オーナーは「その時々でいろいろですよ」と、言った。
その後も、龍馬はいろいろな側面から質問をし、内容を記録した。物理的に実行可能な人物を探すより、動機のある人物で探した方が早い気がしたが、銀だけを盗む理由に見当がつかなかった。一応はオーナーにも動機となりうる何かが思いつかないかを訊いてみたが、首を傾げただけだった。
オーナーには、犯行が実行された可能性のある期間の入退店の記録の共有を頼んだ。個人情報の問題があるため、人名は記号へ変えてもらうよう伝えた。
「お客さんからは、犯人捜しをしていると気づかれたくないんです」
無暗に声をかけると、自分が疑われていると取られかねない。
オーナーの話を訊いてもこれ以上進展は望めないため龍馬は帰ることにした。筆記用具をしまっていると、話しかけられた。
「飛崎(とびさき)四段とは親しくされてるんですよね」
龍馬の同級生、飛崎俊也(しゅんや)は去年プロになった。整った顔立ちをしているのもあって、注目されている。将棋が好きならなおさら気になるところだろう。
「いえ、今はそうでもないですね。小学生の頃は確かによく遊んでいましたが」
龍馬は、会わせてほしいと続くのを予想して、つい嘘をついた。オーナーがガッカリしたのがわかった。
最近智久は、長年やっている分自分の方が段位は上だが、もう俊也には勝てないと言っている。
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