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「相談なんやけどな。銀を盗ることに何か意味があるやろかと思うて」
先入観のない意見が訊きたくて、背景の説明もせずに質問を投げかけた。
俊也から「取れば、持ち駒にできるからな」と、返された。盗ると言ったせいで、誤解された。
「対局中の話やなくて、将棋サロンから銀ばかりを盗む理由が全く思いつかなくて困っとる」
俊也は「なんの話しや」と、首を傾げた。智久から依頼が入った経緯を説明した。
「盗った人には、意味があることなんやろ?」というのが、背景を知った上での俊也の意見だった。
「どうせ盗るなら、王将や飛車がええもんな。せめて金」
俊也は笑いながら「角行も悪くないで。龍馬になったらめっちゃ強いしな」と言った。
龍馬はしかめっ面をしてみせた。
「龍馬は自分を過小評価しすぎてるんやって。気も機転も利くし要領いいしコミュ力高いし、なんといっても僕のことをよく理解してくれとるし」
つい口元が緩む。
「顔も悪くない。そう、爽やか」
龍馬のテンションは一気に下がった。自分が平凡な容姿をしていることはわかっている。
「とにかく新型のPCが欲しいんやろ。一緒に考えたるから集めた情報全部教えて」
龍馬は、サロンの店内の様子や、将棋盤の収納方法など、順に説明していった。ひととおり聞いた後俊也は「どう考えても、将棋大会でなんかあったんやろ」と言った。将棋大会の様子は確認していなかった。駒を借りた時に智久が銀について何かを言っていた。
「親父が、大会の棋譜の中から対局を選んで解説をするらしいんやけどな。候補に考えてるのは、銀が成ったか、成らなかったかで。なんか言うとった」
龍馬は聞く気がなかったので、内容をほとんど覚えていなかった。俊也は「ふーん」と言った後で、頬杖をついてしばらく考えこんだ。将棋をさすときと似た表情をしている。
「サロンに子供は出入りしてへんの?」
そこも確認していなかった。
「大人のすることやあらへんやろ」
「せやし、低い位置にしまってある駒箱から抜かれてるんかな?」
子供の可能性が高いから、穏便に済ませたいのかもしれない。
「僕も大会の棋譜を見たい。預かってきてな」
「それは難しいな。俊也に相談していることを、親父に知られたくないんや」
龍馬が棋譜をみても何もわからないと、智久は良く知っている。
「サロンに頼めばええやろ。まさか棋士の子供が棋譜も読めないとは思わへん」
龍馬は疑問に感じながらも「わかった」と返した。大会に発端があるなら、棋譜を読み解くしかない。
龍馬はオーナーに電話をかけて、サロンの閉店後会う約束をした。それまでに、大会の棋譜をプリントアウトしておいてもらうように頼んだ。名前は、入退店の表と同じアルファベットにかえ、外部からの参加者はブランクでかまわないと伝えた。
帰り際、俊也から「明日はスイーツはええで。代わりに一緒に天一行かへん」と言われた。俊也は、一人で外食をしない。オーダーを伝えることを考えると緊張しだして行く気がなくなると以前言っていた。快諾すると「僕は、屋台味の麵硬めネギ多めで」と返ってきた。よほど食べたいらしい。
「外食したいときは、声かけてや。一緒に行ったるし」
俊也が「やっぱり、龍馬なしでは生きていけへん」と言う。龍馬は俊也に頼られることが嬉しかったが「大げさなんやから」と受け流した。
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