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犯行
ユタが、消えた。
あれだけ気をつけて、最近はずっとユタを抱っこしていたのに。この家を出るお金が貯まるまで、ユタを守り抜こうと決意していたのに。
夕食を食べた後、私が少しうたた寝をしてしまった、ほんの何分間かで、ユタが消えた。
「ユタ!どこ!」
風呂場、リビング、2階の子供部屋。
ユタは、どこにもいない。
「何言ってんの、落ち着きなさいよ」
携帯から目を離すことなく吐き捨てる姉に、私は違和感を覚える。
どうして、そんなに落ち着き払っているの。
私と目を合わせようとしないまま、姉はリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。
毎週木曜日に放送されている大人気アニメのキャラクターが、素知らぬ顔でいつも通り笑っている。
裏口から入ってきた母に駆け寄る。
「ユタがいないの」
「ユタって誰のことよ」
「私の息子のユタよ!」
「知らないわよ」
母の瞳が不自然に揺れた。私の母は、嘘が下手だ。
ユタは、どこへ行ったの。
やれやれと言わんばかりにため息をついてエプロンを脱ごうとする母の爪に、私の目は吸い寄せられる。
不自然に黒ずんだ、短く切り揃えられた爪の先。
まるで、今しがた土を掘り返したばかりのような。
色とりどりの細かい花柄があしらわれたエプロン。
妙に生々しく見える、鮮烈な赤色。
赤い花なんてデザインされていたかしら。
それって本当に、花かしら。
フラッシュバックのように、いくつもの情報が私の頭の中で交錯する。
毎週どこかへ出かける母と姉。「先生」の存在。新興カルト宗教。教祖のために、埋められる子どもたち。
慣れ親しんだアニメのエンディング曲が、凍りついたリビングに流れる。
今日は、木曜日。
私の視線から逃れるように、見てもいないテレビを見つめ続ける姉。
母がさっき入ってきた裏口は、庭に続いている。
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