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「わたしもミステリー系好きだし、見てみようかなー。なんの動画がおもしろい?」
「えー、なんでもおもしろいし怖いよ。でも、私が最近やばいなって思ったのは、これ」
「14人を殺害したカルト宗教教祖の謎?」
「そうそう。なんか教祖が人々を洗脳して殺人を犯した、アメリカで実際に起こった事件の紹介なんだけど、洗脳って怖いなって感じ」
洗脳。カルト宗教。
2つのワードが、頭の中でちかちかと光って、こめかみが強い力で押されたように痛んだ。
全ての血液を抜かれたかのように、体が急速に冷えていくのを感じる。
「なんかやっぱ、信じ込むと人間っておかしいことにも気がつけなくなるんだよね」
「洗脳なんてほんとにあるのかな」
あるよ、きっとある。だって。
「そういうことを言うアヤミみたいな人間こそ、危ないんだって」
「そうなのかなー」
「そうだよ」
水の中にもぐったときのように、彼女たちの声が遠くに聞こえる。
くすくすと肩をすくめて笑う彼女たちは、気が付いていないのだろうか。
警察よりも、世間よりも、いち早く気が付いてしまった真実。
なにかがおかしい世の中と私の家族を、簡潔に説明することができる、たった1つのストーリー。
想像する。
毎週月曜日に行われる、教祖による洗脳。それに群がる信者。生贄として、体の中をからっぽにさせられた上で捧げられる子どもたち。
きっと、木曜日のというのも家族の中で最年少の子どもを生贄に捧げるというのも、何かしらの意味があるのだろう。想像もしたくないけれど。
「厄払いとか、なんかカミサマとかに捧げ物でもした方がいいんじゃない」
以前母に言った軽口が蘇る。
そういう意味で言ったわけじゃないのに。
「先生」は教祖で、生贄はユタ。
どうして、全ての辻褄が合ってしまうのだろう。
目の前がぐわんと歪んで、背中に嫌な汗が滲んだ。
ユタのために注いできた葡萄ジュースが、どろりとした黒っぽい血に変わる。これはきっと、捧げられた子どもたちの血。
通路に飛び散った生贄の血に対する女子高生の悲鳴に、携帯の着信音が重なった。
液晶画面に、母という文字が浮かび上がる。
「あ、もしもし?今日遅くなりそうだから、帰りに、なにかお惣菜買ってきてくれる?3人分」
うまく息が吸えない。
ねえ、お母さん。やめてよ、違うって言ってよ。
「ねえ、ユタの分は?4人家族でしょう?」
絞り出した私のかすれた声に、母はしばらく黙って、言った。
「何言ってるの。うちは3人家族でしょう」
大勢の信者の中で必死に救いを求める姉と母のゆがんだ顔。
「ユタとあの子には内緒にしとこうね」と示し合わせる光景。
「子どもを生贄にすれば幸せになれる」という教祖の言葉にうなずく2人。
3匹の魚を買う母と、ユタを生贄としてしか見ていない姉。
ああ、間違いない。
私の家族は、狂ってる。
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