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1-1 姉弟子は憂う
鳥の里で、長老を除いて最も強いのは泪聖である。
彼の強さに憧れて多くの鳥が弟子入りを志願した。厳しい鳥と名高いにも関わらず、我こそはと意気込み挑んでいく。しかし若々しい──幼過ぎるともいえる──肉体は厳しい修行に耐えられない。数年も経たずに命を落とす鳥が続出した。
一年持つのは最低レベルだ。
五年持てば見込みはあると周囲が認める。
十年持てば真に才能があると評価される。
それ以上耐えたなら、将来は幹部になる可能性が限りなく高い──そう言われるまでに修行は苛烈を極めた。
泪聖の弟子になって独り立ちできる鳥なんぞ居ないのではないかと誰もが噂したが、この期待を良い意味で裏切る逸材が現れる。
性別は雌、名を揚羽という。
腰よりも長く伸ばした髪はゆるやかに波打ち、見る者に自然と優雅な印象を与える。その髪の色は錆利休。くすみのある渋い茶色は、森の中では保護色としても有能であった。
人を喰らう妖として美しいことはそれだけで生存に有利だが、揚羽は己の美しさが利点ばかりではないことを自覚していた。真顔といっていいほどの冷静沈着な表情と冷たい瞳は意図せずに威圧感を放ってしまう。人里に降りても、かなり気を遣って柔らかく振舞わねば人に近付くことすら難しい。若い頃は餌候補に逃げられることも少なくなかったという。
さて、揚羽は特異な能力を持つ血筋の生まれでも、百年に一人の天才でもない。ごくごく普通の鳥である。
他の鳥と異なる点を挙げるとすれば、類まれなるド根性の持ち主だったことだろう。苦痛なしに強さなど得られぬという強靭な精神力をその肉体に有していた。師匠である泪聖に何度も殴られ投げられ抉られ落とされたが、どんな大怪我を負おうとも彼女はちっとも諦めない。そのしぶとさに泪聖が大笑いをかましたという逸話も残っている。
* * *
「春から弟子を一人迎え入れる。お前の弟弟子だ。面倒を見てやってくれ」
寝る前の挨拶をするために泪聖の部屋に入った揚羽は、師匠からそのように告げられた。命じられた内容に逆らう理由は無い。はいと答えて恭しく頭を下げると、そのまま障子を閉めて自分の部屋に戻った。
寝るための浴衣に着替えて布団に入る。布団の中が温まっていくのを感じながら、前に師匠が弟子を取ったのはいつだっただろうかと記憶を手繰り寄せた。
「少なくとも二十年は経ったか……」
揚羽は多くの弟弟子を看取ってきた。
新しい弟子を迎えるたび、弟弟子に屋敷での生活や修行に対する心構えを教えてやるのが揚羽の役目だった。辛そうな時は慰めてやり、頑張った時は褒めてやる。弟弟子とはそれなりに仲良く過ごしてきたつもりだ。
しかし彼らは里から去っていく。
死因は勿論、泪聖の修業である。
一族繁栄を願いながらも、弱い鳥は要らないという価値観のおかげで泪聖が非難を浴びせられることは無い。揚羽もその価値観をよく理解している。
「早く、強い鳥が来てくれないだろうか」
揚羽は亡くなった弟弟子の名を全員覚えている。それぞれの性格や顔はおぼろげであるものの、緊張した面持ちで名乗ってくれた名前だけは不思議と忘れることはない。
でも、死んでいく弟弟子の名前ばかり覚えるのもそろそろ飽きた。共に努力し、厳しい修行を耐えながら笑いあうような関係がいい。
生命力に溢れ、自分ほどでなくていいから根性のある鳥の名前を覚えたい。
それに、育て好きな一面がある泪聖のこともほんの少しだけ心配だ。最低限のレベルに到達する前に指導が終わってしまうのだから、多少なりとも不満は持っているだろう。
「期待するのも疲れたが……そろそろ泪聖様にも楽しい思いをしていただかないと」
泪聖が笑うのは滅多にない珍事である。
だが、その珍事は修行中にしか起こらないのだ。
「皆で笑いたいものだ……泪聖様と私と……弟弟子の、三人で」
小さく呟きながら、重たくなっていく瞼を閉じる。すぐさま意識は落ちて、音も色も存在しなくなった。
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