1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「……」「待って」
洞窟に向かおうと玄関のドアを開けた所で、妻に呼び止められる。
「いい加減にして」
聞いたことのないような強い口調に思わず振り返る。
「いつまで続けるつもり?」
「何が?」と問い返したが、言いたいことの察しはついた。
「くだらない穴掘りはもう止めて」
「くだらない……か」
「そう。時間ばかりかかるのにお金にならない。家のことはこちらに任せてほったらかし」
「そうだな」
「この十年、仕事から帰ると毎晩洞窟に。土日も朝早くから向かって、帰ってくるのはいつも夕方」
妻はそこで言葉を止める。何を言おうとしているのかわかった。
「もう止めてほしいのか?」こちらから尋ねる。
うつむいたまま――つまりはそういうことだ。
「そうか……」沈黙。
「最初は理解しようと思っていました」
妻が口を開く。
「仕事でどんなに疲れていても、欠かさず足を運ぶ姿に、情熱に、尊敬してたくらいです」
「そこから先は、不安、混乱、諦め……そして、限界」
妻が顔を上げる。涙はない。枯れ果ててしまったのだろう。
「あなたは変わりませんね。出会った頃と変わらないくらいに若々しい」
そんなことはなかった。
「どうしてかわかりますか?」
ガラスのような瞳だった。
「夢ばかり見てるから。夢しか見ていないから」
最初のコメントを投稿しよう!