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その後、彼女はまとめていた荷物――鞄一つを抱えて出て行った。
支度する様子を見ても、かける言葉がなかった。いや、かけるべき言葉はあったのかもしれないが、もはや届く場所にいなかった。
家を出た所で、かろうじて絞り出した言葉は「これまでありがとう」だった。
その言葉は届くことなく、風に流されていった。
一人になった家を見る。目に映る物にさしたる変化はないのに、景色が一変していた。その瞬間、初めて失った存在の大きさに気づき、愕然とする。
彼女がよく座っていた揺り椅子に腰掛ける。背もたれに身体を預けながら、ゆっくりと前後に揺する。
視線が揺れる。視界がにじむ。目をつむる。世界が真っ暗になる。
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