中野琉生について

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中野琉生について

 アタシがこの学校に入って最初に見かけた有名人は“ルイ”こと中野琉生(なかのるい)だった。  ココは三年間クラス替えがないから、入学式の日に同じクラスになった面子を見回して、この中で卒業時に売れてるのはどれくらい増減しているのだろう、とぼんやり思っていた。  駆け出しの声優一人、俳優の卵一人、ネット配信者二人、モデル二人。  クラスメイトはこの六人が入学した段階で事務所に所属して仕事をしていたけれど、アタシが知っていたのはその時はルイ君だけで、多分まだ恭介君は今ほどの爆発的な人気はなかった頃だと思う。偉く整った顔の男子だなとは思っていたが、それだけ。  一年の秋頃から、ルイ君と同じくらい売れっ子になった恭介君。  校内の有名人の中でも二人の売れ方は頭一つ抜けていて、当然と言うべきなのか女子達の視線は二人に集中していた。  アタシとあえかが地元から離れたこの学校を選んだのは、別に有名人に会いたかったからでも芸能活動に憧れていたからでもなく、自由な校風でアタシ達のような協調性のない生徒でも異端扱いされず紛れ込めると期待していたからだが、ルイ派か恭介派かなんて女子達が騒ぐ中、彼らに興味を持てないアタシ達はやっぱり悪目立ちしてしまった。  特にあえかはそういうのが苦手だし、なのにルイ君がどういう訳かあえかにちょっかいをかけるようになってしまったのが一番の要因だと思っている。  あえかの悪い噂も聞くけれど、中学の時のモノに比べたら可愛いものだと思うしあえかは気にしていないようだ。  ただひたすらにルイ君達を疎ましく思っているようで、美人も大変だなぁと平凡な容姿をしたアタシは呑気に見ている。 「暑くても牛乳飲んでるの信じられない」  購買で焼きそばパンとパックの牛乳を買ったあえかにそう言うと、あえかは体育の後から胸元開きっぱなしのブラウスをパタパタとはためかせながらストローを吸って一言返してきた。 「パンには牛乳でしょう」  そうは言うけれど、あえかがご飯でも麺でも牛乳を合わせているのは知っている。関係ないとは言われてもこの発育の良さの秘密なんじゃないかと疑っている。背も高いし。 「……麻衣(まい)、今朝私が中野に絡まれてたの見てたでしょ」 「あ、バレてた?」  アタシがペロリと舌を出すとはぁと小さく溜息をつくあえか。  ごめんね、助けてあげることは出来たと思うけれど助けるつもりはなかったよ。  あえかは昔からモテたけれど、あまり男のことは好きじゃないようだ。女に興味があるという訳でもなく、多分ガキっぽいのが嫌いなだけなんだと思う。実際この前一週間くらい男と付き合ってたし。 「――いや、付き合ったっていうか事故だよアレは、ノーカウントノーカウント」  急にそう言うアタシを一瞥したあえかは、そして何の話か理解したらしく小さく「そうだね」と言った。 「けど、バイト新しく探さないと。クビって言われちゃったし」 「え? それ訴えたら勝てるやつじゃない? 色んな意味で」  そう提案したがあえかは面倒だからいいやと首を振った。正直アタシは許せないし、そいつに街なかで会うことがあれば殴るか蹴るか切り落とすくらいはしてやりたいけれど、まぁ我慢する。もう暴力沙汰は御免だ。  アタシが見てきた中で、初めてあえかは男と付き合った。相手はバイト先の店長で、あえかはそこのバイトを始めてすぐから半年以上ずっと言い寄られていた。まぁ年齢の割には若く見えると思う。三十歳になったばかりだと言っていた。  年齢差や店長と高校生バイトという立場もあったし、割と容赦なく男を振ってきたあえかもあまり強く拒否出来なかったようだった。  先月中旬くらいかな?  根負けしたあえかが頷いて付き合うことになったと聞かされたが、その一週間後に二人は別れた。  別れの場面に居合わせたのは微妙に気まずかった。本当に最悪な男という印象しかない。  あの日アタシと出掛けてたあえかが、すれ違おうとした夫婦を見て動きを止めた。奥さんは妊娠中でお腹が大きくて、仲睦まじげに肩なんて抱いて歩いてて。あえかは多分最初奥さんに気を遣って黙っていようと思ったんだろうけれど、平気な顔して話し掛けてくる男を許せなかったんだろうね。「結婚してるって知ってたら付き合わなかった。別れよう」ってキッパリ言ってたのは我が親友ながらカッコ良かったな。  混乱しつつ男を責める奥さんを宥めながら、あの男はあえかにキレてた。  あえかがどれくらいその男を好きだったかは知らないけれど、初カレに遊ばれていたとなると気持ちの深さはどうであれ傷付いたに決まってる。 「――――……この前、家に来たの」 「は?」 「店長。私の履歴書の住所見て」  かなりヤバい奴なんじゃないか。 「えっ、ど、どうしたの?」 「家の前で騒ぎそうだったから玄関に入れた。玄関先でもう二度と来るなって言ったら、店長はバイトクビにするからって言い捨ててった」  あえかは昨夜の食事のメニューでも答えるかのように淡々と答えたが、事件にしてもいいレベルの出来事ではないか。 「まだメッセージは止まらないんだよね。鬱陶しい」  そう言ってスマホの画面を見せてくれたが、それはもう狂気だった。  初めの内はあの場であえかが別れを告げたこと、奥さんにバレたことへの恨み節が続き、次第に下手に出て謝るような文面に。昨日辺りからはもう変態からのそれだ。 「え……コレはヤバくない?」 「私の体目的だったんだって。でも目的は果たせないまま別れることになって、今は奥さん里帰り中だから暇つぶしに私を使いたいみたい」 「……家知られてるの怖くない?」 「流石に無理矢理入ろうとしたりはないと思うし、あまり酷いようならまた考えるけど」  アタシは放課後はびっしりバイトを入れてしまっているからあまり一緒に帰ってあげることは出来ないが、こんな危険な男に付き纏われていると知って放っておけない。だけど残念ながらアタシ以外にあえかが心を許せる友達はいない。  誰か、使えそうな人は―――― 「ルイ君」  掃除当番が一緒のルイ君とごみ捨て場までごみ箱を運ぶことにしたアタシは、それとなく話し掛けた。 「なぁに? 麻衣ちゃん」  陽が透けてキラキラと輝く金髪が眩しい。そして王子様系で売り出しているだけあり笑顔も眩しい。 「あえかのことなんだけど」 「……どうかしたの?」  真面目なトーンで話すと、いつもヘラヘラした印象のルイ君はスッと真顔になりアタシの話を真面目に聞いた。  あえかの事情を勝手に話すのも憚られるから、それとなくぼかしてあえかが一人で帰宅するのを避けたいのだと言うと、ニヤリと悪巧みした笑顔を見せた。 「いいよ、任せて」 「ごめんね、ルイ君も忙しいと思うんだけど」 「可愛い女の子からのお願いだからね。けどいいの? 麻衣ちゃんは嫉妬しない?」  そうウインクするルイ君は、確かに顔は良い。  181センチという公式プロフィールは多分嘘じゃないし、ただ高身長なだけじゃなく脚も長い。細く柔らかそうな髪質の金髪は結んでいてちょっとチャラチャラしているのが好みじゃないが、その甘いマスクが女子生徒達――いや、世の女性を魅了しているのも納得だ。 「ルイ君はカッコイイけど、アタシはゴリゴリのマッチョが好みなんだよね」 「あはは、それなら心配ないね」  爽やかに笑う横顔は魅力的だけど、やはり恋情は芽生えない。でも―― 「ちなみにさ、あえかちゃんってオレのことどう思ってくれてるんだろう?」  ある意味ルイ君に強い興味はある。  女なんて選り取り見取りなのに敢えてハードモードを選ぶなんて面白いじゃん。  その日はルイ君は仕事があるからということで、翌日その作戦は決行された。 「あえか、バス停まで一緒に帰ろー」  ショッピングモール内の中華ファミレスでアタシのバイトがある日は校門を出てすぐのバス停まで一緒に帰ることが多く、今日もその日だ。  あえかは学校まで徒歩圏内に住んでいるから乗り物は使わず、そのままアタシと手を振り合った後は一人で帰路に就く。  昇降口を出てすぐ、ルイ君の姿が目に入った。あの眩しい髪色は自由を謳うこの高校でもかなり目立つ。 「あっ、あえかちゃ~ん!」  満面の笑みで大きく手を振るルイ君につられて、その傍らに立つ女子生徒もこちらを見る。 「やだなぁ、あえかちゃん。待っててって言ったのに気になって来ちゃったの?」  ナチュラルに嘘をつくルイ君は役者もいけるんじゃないかと思う。話が見えずに怪訝な顔のあえかに、ルイ君は茶番を続けた。 「ねぇ、ルイ。このコ……」 「うん、今話した彼女だよ。だからゴメンね、キミとは付き合えないんだ」 「えっ」  思わぬ言葉に狼狽えるあえかの顔は新鮮で面白い。 「……この前のインタビューで言ってた好きなタイプ、『髪が長くて大人っぽいコ』って――」  女子生徒があえかの全身をじっと見て、がっくりと肩を落とした。  そうだね、貴女も小動物的で可愛いビジュアルだけどあえかとは比肩出来ないね。 「そういうことだから。これからデートなの、じゃあね~」  ヒラヒラと手を振るルイ君があえかの肩に腕を回し、ぴったりと寄り添う。心底迷惑そうに眉根を寄せるあえかが否定しようとしたが、その小動物な女子はクリンクリンの目でキッとあえかを睨みつけて去ってしまった。 「……どういうつもりなの」  自分がルイ君の告白を断る口実に使われたことに気付いて怒った様子だが、その怒りはアタシにも飛び火してきた。 「麻衣も黙って見てないでよね」  にっこりと笑って適当にゴメンと手を合わせる。 「へへ、アタシ面白いこと好きだから」  これでとりあえずあえかとルイ君が一緒に帰っても変じゃない状況が作れた。まぁ多少……いや、かなり強引だけれど。  ココでルイ君にガチ恋してる女の子を巻き込むなんて悪い男だなぁと思う。  予想通りと言うべきかあえかは反発しているが、ルイ君はちゃんと家まで送り届けてくれるのだろうか。 「どうしてもあえかちゃんと仲良くなりたくてさぁ、怒らないで!」 「どうすんのよ、彼女だなんて言って私が迷惑(こうむ)る」 「ホントに彼女になっちゃう?」  あえかの顔にその笑顔が触れる程近付く。  その時二人の背後から恭介君が現れたと思ったら、アタシが声を出す前に恭介君が重たそうな鞄をバコンとルイ君の頭にぶつけた。 「っつ~~~~!」  頭を押さえ蹲るルイ君を見下ろす恭介君は呆れ顔だ。 「お前、放課後っつってもまだ結構人残ってるし目立ってんぞ」 「……恭ちゃん、痛い。鞄何入ってんの? 鈍器?」 「英和辞典」  しれっと答える恭介君は、あえかをチラリと見てなんだか気まずそうにした。  何かあったのだろうか。 「あ、麻衣、時間……」  あえかの言葉にハッとしてスマホの画面を見ると、もうバスが来る一分前だった。 「やっば! ごめんあえか! もう行く!」 「頑張って」  もう少しあえか達の様子を見ていたかったけれど、バイトに遅れる訳にはいかない。  ルイ君によろしくと目で合図を送り、全力疾走で何とかバスには滑り込めた。  次の日登校したら校内の話題はあえかとルイ君の噂で持ち切りだった。  あの場面を見ていた人ならむしろその後のやり取りで交際は嘘だと分かりそうなものだが、振られた小動物女子本人が広めたのか断片的な情報が広がったのか、あえかとルイ君が付き合っているという噂にとどまらず恭介君も入れての三角関係だなんて話に膨らんでいた。  まぁでも確かに昨日の恭介君はあえかに接近するルイ君に嫉妬している様子に見えなくもなかったか。  まだ肝心の本人達は登校していないがあえかは激怒しそうだな。  そんなことを考えながら皆が来るのを楽しみに待った。  そしてこんな日に限って、これまで一度だってそんなことしたことがないのに、あえかは恭介君と一緒に登校したものだから、私は思わず声を出して笑ってしまった。  ルイ君は何してんの?(笑)
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