波佐間麻衣について

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波佐間麻衣について

 多くの人はキレイなものが好きだと思う。  空、海、花、星――――ヒトもそう。  中身が大事だと言いながら容姿の良い人間を見るのが好きだし、余程卑屈な性格でもなければ美しい人と関わっていたいと思うだろう?  だからオレは求められる側にいながら、同時にそれを求めている。  恭ちゃんは見た目がとにかく良い。  中学の時に彼を見つけた時は一目惚れだった。といってもオレの恋愛対象は多分女の子だから恋ではないのだが、とにかくオレは恭ちゃんのビジュアルに惚れ込んでいる。  甘めな王子様イメージを作っているオレとは系統違いの、天然もののクールな王様。前髪重めの無造作な黒髪、オレより5センチ高い身長、服の上からじゃスマートなのに脱いだら引き締まっている体、切れ長の冷めた眼。どれを取ってもイイ男だ。  オレの見立て通り、強引にモデルの世界に引っ張り込んだらみるみる売れていった。女性人気は勿論、同性からの人気も予想通りだった。女に媚びない態度と、だけどカッコつけてる訳じゃない自然体な姿は、瞬く間にメンズ誌の看板になったことも納得だ。  当然、オレの脅威にならない人物だという判断で傍に置いている。オレ達は同じ雑誌でメインを張りながら、ターゲットは微妙に違うのだから。  その恭ちゃんが高校入学時に美人だと評した女の子がどんなコなのか気になった。  あえかちゃんは本当に同い年か疑いたくなるような大人びた美人で、オレの周りにいるグラビアアイドルともファッションモデルともタイプが違う。色気溢れる容姿なのに儚げ。もっと前に立ってもいい筈なのに控えめ。いや、控えめというよりは面倒くさがりな気もするが、とにかく自分の魅力を活かしきれていない勿体ない感じが恭ちゃんと重なって、どんどん目で追うようになっていた。  そしてあえかちゃんの傍には常に一人の少女がいた。  波佐間麻衣という人物は、驚くほどわかりやすく謎に包まれていた。  制服はほぼ着崩さず、ブラウスはスカートにきっちりインしているしボタンも一つだけ開けているけれど指定のリボンを緩め過ぎずに着けている。スカート丈こそ膝上だけれど、脱ぎかけかってくらい無防備に着崩しているあえかちゃんと並ぶと真面目そうに見える。まぁオレは指定ネクタイを片リボン結びにしているあえかちゃんの着崩し方が好きだけれど。  クラスメイトとも男女問わず明るく交流して、教師とは丁寧に話す。授業であてられてもきちんと答え、でもちょっと茶目っ気も見せる。  麻衣ちゃんは一匹狼なあえかちゃんとは違って完璧なまでに模範的女子高生で、それが逆に不自然に感じる。類友なんて一括りにするつもりはないが、あまりにも方向性が違い過ぎて二人が――二人だけが遠方の中学校から揃って入学してきたことが理解出来ない。  多分、今の麻衣ちゃんはツクリモノ。 「ルイ君」  他の女の子達のように名前を呼んで笑顔を向けてくるけれど、このコはオレに興味がない。オレにというか、恭ちゃん派でもなければ他に好きな奴がいる気配もない。だからといって中学からいつも一緒にいるというあえかちゃんに恋をしているようにも見えない。  ただ、あえかちゃんのことは大事にしつつ、それ以上に何かを考えていそうな気がしている。それが何かはわからないけれど。  麻衣ちゃんの話によれば、どうやらあえかちゃんはちょっと危険な目に遭っているようだった。あえかちゃんも全然プライベートを見せてくれないから、何故そうなってしまったのか、何が起きているのかはわからないが、あの容姿だし変な男に付きまとわれでもしているのだろうと予想出来た。 「――――……そうだなぁ、あえかは特に誰にも興味ないと思う。()()()()()()」  ニッコリと不敵な笑みを浮かべる麻衣ちゃん。 「あ、勿論タダであえかを守ってなんて言わないよ。あえかね、8月7日が誕生日」  そこに「今年はその日花火大会があるね」とも付け加えたのは、上手く活用しろということなのだろう。  あえかちゃんのことはキレイだから傍に置いておきたい。  だけど特別目を引く容姿でもないこの一見平凡そうな少女のことは、色々暴きたい。  麻衣ちゃんはバイトを二つ掛け持ちしていると聞いたことがある。ファミレスとイベントスタッフだっただろうか。  だからいつもあえかちゃんとべったりの麻衣ちゃんは、放課後に限っては忙しなく別々に帰っていることが多いようだ。  今日もバイトのために校門を出た辺りまでしかあえかちゃんと帰れないという彼女は、今時ラブレターなんてくれていた先輩への返事を此処にぶつけたオレを面白そうに眺めていた。 「っつ~~~~!」  恭ちゃんに鈍器で殴られたオレを横目に、あえかちゃんと恭ちゃんの微妙な空気感に気付いたらしい麻衣ちゃんが小首を傾げている。  今朝登校してから恭ちゃんは何処か様子がいつもと違って、席が近いあえかちゃんが目に入る度に複雑な表情をしていた。あえかちゃんのほうは恭ちゃん程気にしている様子は無いものの、たまに視線がぶつかると普段より一層冷たい眼をしていた。二人は家が隣同士だというから、昨夜から今朝までの間に何かがあって喧嘩でもしたのだろう。  お隣さん同士なんて仲良くなっていくのが定石だと思っていたが、一年以上隣に住んでいてここまで距離が近付かないのも見ていて面白い。似た者同士で相性が良いのではなんて思っていたのは初めの内だけで、同じ極同士は反発し合うんだなと見ている。  さて。  そんな恭ちゃんが入ってきてしまってどうやってこの姫をお城まで送り届けようか。  思索していると麻衣ちゃんはバスの時間が迫っていたらしく大慌てで行ってしまった。オレに投げかけられた視線は“あえかに何かあれば殺すぞ”とでも言っているような鋭いもので、気付かれないようにそっと身震いした。 「一緒になんか帰らない。迷惑以外の何物でもない」  案の定拒絶されたオレは恭ちゃんを見やる。こちらも嫌そうな顔をしていて、面白いけれど面倒だなと思った。  報酬を先に貰ったからにはあえかちゃんを何らかの脅威から守らなければならない。  ――そうか、守れればいいのか。 「残念。じゃあオレは仕方ないから恭ちゃんと帰るかな」  仕方ないってなんだよと呟く恭ちゃんは無視してあえかちゃんを見つめると、彼女は眉間に深い深いシワを寄せて「そうして」と吐き捨てた。  短いスカートをひらりと翻し足早に去って行くあえかちゃんの背中を見送り、恭ちゃんに提案した。 「ねぇ、あえかちゃんのこと尾行しようよ」 「は? なんで」  オレと同様、今日仕事が入っていない恭ちゃんは多分このまま直帰する。となると黙っていても高確率で帰宅途中のあえかちゃんに何かあれば恭ちゃんが見つけることになると思うけれど、それはオレの本意ではない。あえかちゃんを守れるのなら手段は選ばないなんてことは言わない。オレがきちんと守って、あえかちゃんの好感度と麻衣ちゃんの信頼を稼ぎたい。 「いやぁ……」 「変だぞ、いつもより」  そう言ったものの恭ちゃんに説明する良い感じの尾行の口実を考えていなかったオレは言い淀んでしまい、その歯切れの悪さを指摘されてしまった。いや、いつもよりって酷くない?  仕方ないからサラッと一言で伝える。 「あえかちゃんにストーカーがいるから守りたい」 「……ルイ以外に?」  恭ちゃんは一瞬訝しげな顔をしたが、納得したのか何か思い当たる節でもあるのかオレと一緒にあえかちゃんの後ろを一定距離を保ったまま歩き出した。  恭ちゃん達の住むマンションまでは学校から歩いて二十分程度。自転車くらい使えばいいのにとも思う距離だが、二人とも徒歩通学だ。恭ちゃんは仕事の日は事務所や現場までバスに乗るし、あえかちゃんもきっとバイト等の都合でそうしているのだろう。  マンション近くには大きな公園がある。公園と言っても遊具も噴水もない、緑とベンチがあるだけの広場だが、どうやらあえかちゃんはその公園を横切っているようだ。多少のショートカットになるらしく、恭ちゃんもよくそうしていると言った。  公園内のマンションに一番近い位置にあるベンチに一人の男が座っていた。  こんな時間に公園で一人で座っている成人男性はちょっと目立つ。 「あれ……」  その男は何やらあえかちゃんに話し掛け、露骨に嫌な顔をするあえかちゃんは男との距離を取ろうとしている。 「アイツ、この前この辺で見かけた男だ」  恭ちゃんの呟きに、アレがあえかちゃんを脅かす存在だと確信した。  ヘラヘラしていた男の表情はあえかちゃんと話す内に怒気を孕み、強引に細い腕を掴んだ。 「あえかちゃん!!」  オレが叫ぶと二人同時にこちらに気付き振り向いた。  あえかちゃんは多分一瞬でオレらへの嫌悪感とその男への恐怖を秤にかけ、助けを訴えるような瞳を見せた。OK。 「オニーサン、あえかちゃんの知り合い?」  男はオレと恭ちゃんの顔を交互に見て邪魔くさそうに答えた。 「カレシだよ、カレシ」 「違う」  間髪容れずに訂正するあえかちゃんが続ける。 「ストーカー、迷惑してる」  バツが悪そうに、しかし苛立った様子で男が彼女の腕を引き寄せると、厭らしい目付きでオレ達を笑った。 「ど~っかで見たことあるんだよなぁ、お前ら。すげー顔良いけどさ、あえかには相手にされないだろ? 俺だってずーっと口説き続けて――あ、もしかしてお前らもあえか狙い? わかるよ、いいカラダしてるよな」 「彼らは私と関係ない」 「関係ないことないだろ。名前呼ばれたじゃねーか。あえかさ、ガード固いフリしてこーんなイケメン侍らせてんの? だったらホラ、この前の詫びでさぁ、一発くらいよくね? それで許してやるよ」  唇を噛んで俯くあえかちゃんをどうカッコよく助けてやろう。  そう考えていたオレより先に、隣にいた恭ちゃんが動いていた。 「るっせぇなぁグチグチグチグチ」  あえかちゃんを目隠しするように目元を手で覆いその頭を自分の元に引き寄せた恭ちゃんは、そしてそのままあえかちゃんの顔を自分の胸に埋めるように抱いて男に啖呵を切った。 「いつまでも未練たらしく付きまとうのダセェからやめとけよ。こいつは俺のだから連れてくわ」  ――――あぁ、やられた。  王子様のように華麗に救い出す筈だったのに、王子様でも王様でもない、恭ちゃんは差し詰めナイトといったところか。 「ルイ、俺このまま帰るわ」  そう一言残して颯爽とあえかちゃんを連れて行ってしまったのだから、そりゃあこんな格好良いことをされてこの男だって相当惨めだっただろう。唾を吐いて去って行った。  どうしようか。  あえかちゃんを守ることは出来たかもしれないが、オレは麻衣ちゃんになんて言われるだろうか。麻衣ちゃんは飄々と「どちらが助けてくれてもいいんだけど」と言いそうだ。うん、きっとそう。あえかちゃんを動かせるのであれば、麻衣ちゃんとしてはその相手がオレでも恭ちゃんでも構わないのだろう。  だけどこの時のオレは見せ場を取られた悔しさなんかよりも、どういう訳か胸が高揚する感覚に笑みが零れていた。
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