近藤恭介について

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近藤恭介について

 近藤恭介のことは、彼がデビューした当初から一方的に認識していた。  それは別にタイプだったとかそういうわけではなく、脳裏にこびり付いて離れないあの人の顔と似ていたから。  逆恨みのようなその想いは未熟な私はどうしても態度に表して、近藤本人に罪はないのに距離を置こうと冷たくしてしまう。彼が隣に引っ越してきたあの日から一年と数ヵ月、日々大人っぽく成長する近藤は、どんどんあの人に似てくるから困る。  そして私は今日も、囚われているのだとわかっていながらあの人に貰ったモノを身に着ける。  近藤はいつも何か言いたげにこちらを見てきた。  大方私の態度の悪さを指摘したいのだろう。一応悪いとは思っているから最低限挨拶はするけれど。  だけど昨日、こちらの生活が思っていた以上に近藤に認識されていたのだと知って動揺した。この前店長が押し掛けてきた時のことも知っているというのなら、私が感情的に怒鳴ってしまった声も聞こえていたかもしれない。それを想像すると気まずさから上手く顔も見られなくて、いつも以上に酷い態度を取ってしまったのは死ぬほど後悔していた。  隣人なのだから、クラスメイトなのだから、本当は仲良く――は、しなくてもいいけれど、普通に何も意識せず表面的に付き合いたいのに。  だから、近藤は私のことが嫌いだと思っていた。  いや、嫌いなのかもしれないけれど、まさかこうして助けてくれるなんて思わなかった。  私の目を覆ったのは、きっと目に溜まった涙が零れ落ちてしまいそうだったのに気付いたんだと思う。  そう、近藤はとても優しいということを私は知っていたから、尚更いつもの自分のイヤな態度に胸が痛むのだ。 「……ごめんなさい」  エレベーターで五階まで昇る途中、近藤から身を剥がして呟いた。近藤はやはりいつもの何か言いたげな顔をして、少し悩んでから私の腕を掴んだ。 「とりあえず、ウチ来れば? あの男に部屋知られてんだろ?」  首肯して急遽招かれることになった近藤の部屋は、私の部屋と同じ間取りのようだが雰囲気が全然違った。最低限の家具と家電しか置いていない私の部屋と比べて随分生活感がある。そして近藤の匂いがする。  助けてもらったからには事情はある程度話すべきだろう。根掘り葉掘り訊かれることも覚悟していたが、近藤が訊いてきたことといえば何か飲むかという確認くらいで拍子抜けた。 「迷惑、掛けてごめんなさい」  改めて謝罪すると、はぁと小さく溜息をついた近藤は怒ったように言った。 「迷惑と思ってないし、遠山は悪いことしていないんだから謝るな。何か言うなら“ありがとう”だろ」  昔あの人に言われた言葉と同じだと思って息を呑んだ。そっとネクタイを指でなぞる。 「……ありがとう」  似たような顔で同じことを言われてしまったのが可笑しくて顔が緩んでしまった。近藤はそれを見て驚いた様子で、そして自分もフッと目を細めた。あぁ、この人は撮影(しごと)以外でも笑うことがあるんだ。 「いつもそうやって笑っていればもっと可愛いのに」  こういう台詞は中野が担当だと思っていたが、近藤もサラッと言うのか。イメージが結びつかなくて思わず真に受けてしまいそうになり、目を逸らした。  話題を変えたくて店長について簡単に話すと、時々相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。 「――……それは、悪かった。昨日の……」  コンビニ帰りのことを言いたいのだろう。私のほうこそ過剰に反応してしまい申し訳なく思っていたのだから気にしていないと返す。 「でも怖いだろ。あの男、部屋知ってるんだから遠山が一人の時に押しかけられたらどうすんの。引っ越しとかは?」 「此処より通学に便利な物件は無いし、何より……新たに部屋を借りる時の保証人になってくれる大人がいないから」  私が住んでいる部屋には元々姉さんも住んでいて、姉さんが出ていく時に無理を言って引き継いだのだ。大家さんの恩情あっての今で、仮に他の物件が見つかったとしても高校生一人で契約は出来ないだろう。  何か考え込んで何処かに電話を掛けた近藤は、通話を終えてこちらを向き「バイトしないか」と言ってきた。  少しして訪ねてきた女性は近藤達が所属する事務所の社長らしく、中野(ともえ)と名乗った。中野の父親の実姉で、未婚ということを近藤が教えてくれた。 「未婚は余計だけどね」  そして彼女は腕組みしたまま私を見て、うんうんと満足気に頷いた。 「恭介が言っていた通り……というか想像していたよりイイね。ねぇ、遠山あえかさん、ウチでモデルやらない?」 「あ、無理です」  即座に断ると「信じられない」と頭を抱える彼女は、今度は土下座でもするのかという体勢で床に座ってこちらを見上げた。 「あのね、撮影はホント夏休みの単発バイトだけでもいいから! なんならそれ以外は事務所で内勤業務のバイトでもいいから! ウチ来てくれない?」  そして、バイトの話を受けてくれるのなら住むところは寮として面倒見ると言われた。 「ま、そうは言ってもねぇ? 此処より良い物件なんてそうそう無いでしょう? だからこの恭介の部屋を寮にしたいと思う。ホラあれよ、今ルームシェアって流行ってるじゃない? 幸い此処は2LDKだからそれぞれ個室は確保できるでしょ」 「はぁあああ!?」 「それは……」  近藤と私がほぼ同時に声を上げる。 「私が責任を持ってあえかさんの保護者になるから。これまでとほぼ同じ住所とはいえ、恭介が一緒に住んでいる部屋ならストーカーが家に入ってこようとする可能性は低くなるでしょう。それにストーカーに知られているスマホ、そのまま使うの? 新しい契約もしてあげる。他所の事務所に取られたくないからあえかさんをウチで囲いたい。もしあえかさんが遠慮しているだけなら、そういう大人の汚い事情だと受け入れてくれればいい。とにかく夏休みの撮影はなんとしてでもあえかさんを使いたいし、それ以降もやってくれるというのならウチとしては諸手を挙げて歓迎する」  彼女の主張は理解した。そして私は多分断れない状況にあることもわかる。男に部屋まで来られたのはこの前が初めてだけれど付きまとい自体は経験があるし、ストーカーというものが何処まで(たが)を外すことが出来るかというのも血塗れの記憶から知っているつもりだ。  だけど、これまで仲良くしてきた訳でもなく、むしろ主に私の態度のせいで仲は悪いほうである相手と同居というのは厳しいだろう。 「私は……モデルは向いてないと思うので一回だけで勘弁して欲しいですが――それ以外は事務的なことでも良いというなら。生活の為にもバイトはしたかったし、是非お世話になりたいです。ただこの部屋に引っ越すのは……ありがたい話ですが考えさせて下さい」  チラリと近藤を見る。 「…………流石に男女でルームシェアってのは、遠山の言う通り少し時間が欲しい。だけどスマホの契約はなるべく早くしてやって」  私以上に長く熟考して、そう答えた。  ほら、この男はこうやって私を気遣う。この優しさを素直に受け取れたならもう少し上手く付き合えるのに。それもこれも近藤があの人に似ているせい。 「オッケー、そうだね。まぁお年頃だもん色々悩むよね。とりあえず家は保留として、明日一緒にスマホの新規契約に行こう。放課後恭介と一緒に事務所おいで。雇用契約もしたいし」  社長は微笑んでそう言ってから、真面目な顔で付け加えた。 「でも、そうと決まればあえかさんはウチの大事な人材。すぐに引っ越さなくてもいいけど、何かあってからじゃ遅いから出歩く時は必ず恭介と一緒にいて。登下校も、バイトも。状況を知ってしまった以上、私だってなるべくあえかさん――あえかって呼ばせてもらうわ。あえかのことは守りたい。恭介がどうしても無理な時はルイを使えばいい。とにかく一人になるのは避けて。こちらとしても警察に相談したり対策練るから」  随分と迷惑をかけてしまっているなと思い申し訳ない気持ちになったが、さっきの近藤の言葉を思い出す。 「わかりました……ありがとう、ございます」  そして社長の言いつけ通り、隣だというのに家に帰る時は玄関を閉めるまで近藤が見守ってくれたし、朝が来て学校に行く時間になると近藤が迎えに来た。  自宅以外では本当に一人にさせる気はないようだ。 「……おはよう」 「あぁ……おはよ」  ぎこちなさは拭えない。長いことあんな感じだったのだから急に仲良くしようと思っても出来るものじゃないし、お互いどうすべきか様子を窺い合う。 「ファンの人が怒るかな」  ポツリと呟くと、近藤は少し動揺を見せた。 「もしかして、これまで朝会っても先に行ってたのってそんな理由?」 「……そうだけど?」  他に何だというのだ。確かにこの顔に苦手意識はあるけれど、同じ時間に家を出て目的地も同じだとわかっている人間との登校を徹底的に避ける理由が他にあるだろうか。  近藤は自分の影響力を理解していないのかもしれない。中野と少し絡んだくらいで上級生から呼び出されるくらいなのに、一緒に登校を続けるなんてどうなってしまうのか。  しかも今後は近藤と登校どころか下校も揃ってしなければいけないのだから、身の安全と引き換えに平穏な学校生活は更に遠ざかるだろう。 「……別に怒らないだろ。俺はルイほど女からの人気もないし、仮に何か言われるようなら俺が黙らせる」 「………………そう」  学校に着いて上靴に履き替えていると、生徒達がチラチラとこちらを見てきた。やはり近藤と一緒に登校なんてしたから変に目立ってしまったんだろう。  校内に入ってしまえばもういいと思うのだが、近藤は私が靴を履き替えるのを待って並んで教室に向かった。先に来ていた麻衣がニヤニヤと面白がった様子で近付いてくる。 「あらあらおはようお二方。仲良く登校なんてどうしたの?」 「……仲良くはない。ちょっと訳あって」  私が曖昧に答えると、クラス中の視線が集まっているのを意識して代表とでも言わんばかりに麻衣が訊ねる。 「あえか、ルイ君と付き合ってるって噂になってたんだよ。で、恭介君との三角関係とかって盛り上がってたの。二人で登校して来ちゃうと噂はまた違う方向に加速しちゃうんじゃない?」  しまった。  昨日は学校を出てからの出来事のほうが色々あり過ぎて、中野が余計な女の振り方をしていたのを忘れてた。  そこにタイミング悪く中野が呑気に現れ、私と近藤を見た。 「おはよー……って、二人揃って珍しいね。どうしたの?」  近くにいた女子が頬を膨らませながら中野に問う。 「ルイ、遠山さんと付き合ってるって言って先輩振ったんでしょ~? ホントなの?」 「あー、聞いたんだ? 付き合ってるかどうかは別として、オレはあえかちゃんみたいなコがめちゃくちゃタイプなんだよねぇ」  適当に受け流そうとする中野に代わり、近藤が一歩前に出た。 「遠山はルイと付き合ってないし、勿論俺とも付き合ってない。遠山は俺らの事務所で働くことになったから一緒に行動することが増える、それだけだ。余計な詮索はすんな」  私も何か言うべきなのだろうかと悩んでいる間に話はどんどん進んでいく。 「じゃあ、二人を追っかけて遠山さんもモデルやるってこと?」 「そんな訳ないじゃない、モデルなんてやりたくないし二人のことも追う程好きじゃない」 「……何それ」  自分の口からも説明したほうがいいと思って出た言葉はミスチョイスだったようで、すっかり女子達の反感を買ってしまった様子だ。まぁ元々好かれてはいないからどうでもいいけれど。 「どうだっていいだろ。俺やルイの仕事仲間に変なことは言うな」 「……ごめんなさい」  流石“王様系”で売っているだけあって、豪語していた通り周りを黙らせるのは得意なようだ。周りに勝手に言わせておいてもいいが、こうして少しでも牽制しておいてもらえるのは助かる。  中野はヘラヘラしているだけだし、麻衣も面白ければなんだっていい人だ。ここで苦手なはずの近藤が一番頼りになるのは複雑な気分だけれど、暫くは行動を共にしないといけないのだし私の近藤アレルギーも治していきたいと思い、意識して良いところに目を向ける。  一般的にはウケる顔をしている。背も高いし意外と逞しい。それから――――  前から知っていたけれど、多少の口の悪さはあれど根は優しい。態度の悪い私にも。  そしてその優しさを受け取るとあの人のことを思い出すから、やっぱり近藤は苦手だ。
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