変化

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変化

 週末アタシがバイトに明け暮れている間に、あえかと恭介君を取り巻く状況は激変していたらしい。  先週急にあえかがモデルのバイトをすると言った時も驚いたけれど、この短期間に恭介君は一体何をしたのだろう。  二人ともきちんと説明はしてくれない。ただあえかから、ウサジローのストラップが千切れてしまったと謝られた。酷く申し訳なさげに打ち明けられたが、あんなもの別にどうだっていい。確かにあれはあえかに少し似ていると思ってお揃いで付けようとプレゼントした物だったが、もう無理に子どもじみた方法で繋ぎとめなくともあえかがアタシの前から急に消えようとなんてしないだろう。 「何か聞いてる?」  お昼休みに初めて四人でランチすることになったアタシ達は、夏場は暑くて人があまり寄り付かない中庭でお弁当を広げることにした。アタシは好きな場所なんだけど。  牛乳を買いに行くというあえかから離れようとしない恭介君も自販機について行くことになり、アタシとルイ君はお使いを頼み一足先に中庭に出て、なるべく日陰になるような大きな木の下を陣取った。  アタシの問い掛けにルイ君は顎に手を添えて唸る。 「残念ながらオレは恭ちゃんからそんなに信用されてないみたい」  だろうね、とは声には出さなかった。 「……でも、事務所の社長――オレの叔母なんだけど、彼女からは簡単には聞いたよ。あえかちゃん、ストーカーに襲われたらしくて」 「えっ!?」  ストーカーというのはおそらくあの元バイト先のクソ野郎だろう。襲われたってどういうことだろう。あえかは何かされてしまったのだろうか。 「幸い、酷い目に遭う前に助かったみたいだけど。それを助けたのが恭ちゃんで、けど少し目を離した隙に起きた出来事だから責任を感じてる……みたいな理由らしい、あえかちゃんにべったりなのは」  それはさぞ怖かったことだろう――二人とも。  あえかが恭介君を突き放さないのも、恭介君があえかを離せないのも理解出来る。アタシでも多分そうすると思う。  しかしルイ君は残念そうにぼやく。 「オレがあえかちゃんを助けたかったなぁ」  そしてルイ君の言葉もわかる。  アタシだって出来ることなら自分であえかを救いたかった。誰より大事な親友だから。でもきっとその場にアタシがいたら、歯止めも効かずあえかが望まない形で制裁を加えてしまいそうだからきっとココは恭介君で正解だったんだろう。家もお隣同士なのだから守りやすいと思うし。 「折角アタシがお膳立てしたのにね」  そう意地悪を言うと、ごめんねと軽い謝罪が返ってきた。  ルイ君はいつだって涼しげだ。 「野菜ジュース売り切れだったよ」  あえか達が戻ってきて、ルイ君にはサイダー、アタシにはリクエストした野菜ジュースの代わりにコーヒー牛乳を渡された。 「なんでコレ?」  アタシが疑問を抱くと恭介君は答えた。 「この前久々に飲んだら美味かったから」  どうやら恭介君が選んだらしい。仕方ないから素直に受け取りストローを刺す。美味しい。 「ホントだ、ウケる」  まぁ持参したお弁当とは合わないけれどあえかの牛乳よりはマシかなと思って飲んでいると、あえかが口を開いた。 「……訳あって当分は近藤がついててくれることになったから、今後なるべく皆でお昼食べられたらと思うんだけど」 「そんなの大歓迎に決まってるじゃん!」  ルイ君が身を乗り出して喜んで見せる。別にアタシもこの二人は嫌いじゃないし、何よりあえかとどう絡んでいくのか面白そうだから異論は無い。女子達が騒ぎそうだなとも思うが、こちらからグイグイいっている訳ではないし何かあれば彼らにフォローしてもらおう。  ふと目に入ったあえかと恭介君のお弁当が同じメニューなのは気になるのだが、これは突っ込んでもいいのだろうか。  ぼんやり見ているとルイ君もそれに気付いたようで、すかさず指摘した。 「待って!! あえかちゃんと恭ちゃんお弁当一緒じゃん!? えっ!?」 「これは見守りのお礼に提供することにしたの」  恥ずかしがる素振りも一切無くサラッと答えるあえか。多分その様子から本当に他意はないのだろう。少しつまらないが、そこまで突然距離が近付くのも無理だろうし、最初の一歩としては充分。  羨ましがるルイ君はあえかにどう近付いてくれるのだろうか。あえかが話していなければ恭介君は知らないであろうあえかの誕生日、そこでアクションを起こしてくれるといいのだけど。  どうであれ、アタシ以外に友達と呼べそうな人間が現れたのはいいことだ。  あえかは口下手だし無愛想だから誤解されやすいけれど、本当は可愛くていい子なんだから。 「だったら、夏休み明けにある修学旅行の自由行動もこの四人で回ろうよ」  アタシの提案に全員賛成してくれた。  あえかは今の状況で断る筈がないし、ルイ君と恭介君としてもあえかと回れるのは嬉しいだろう。そもそもファン達の対応が面倒そうだから二人に大した興味を持っていないアタシ達と組んでしまうほうが二人にとってもラクだろうし、アタシ達もあえかが避けられがちなグループ決めに悩むこともなくなるし、Win-Winだと思う。 「ねぇ恭ちゃん、あえかちゃんのお弁当美味しい?」  いいなぁと恭介君に絡むルイ君は、適当にあしらわれながらも強引にあえかが作った玉子焼きをゲットしている。  このままあえかをゲットするのはどちらだろう、なんて考える。 「そういえば、あえかはいつ撮影するの?」  モデルのバイトについて訊ねると、夏休みに入ってすぐ海に行って撮影があると返ってきた。 「夏に夏の撮影するんだ?」 「うん、通常ならそろそろ秋冬の撮影だけどね。あえかちゃんにも協力してもらう特集は実際のオレ達の夏休みを撮りたいらしくて」  季節の先取りも大変そうだが、このような季節のイベントとリンクさせたものも何かと大変そうだ。 「水着なの?」  何気なく聞いたところ、あえかが嫌そうな顔をしてストローを白く染めた。答える気がないということは水着なのだろうと判断してアタシもコーヒー牛乳を飲んでいると、あからさまに浮かれたルイ君が「そうだよ!」と張り切る。 「めっちゃ楽しみ! あえかちゃんの水着姿を拝めるから、初めて海の仕事が憂鬱じゃないんだよね!」  意外だ。ルイ君なら無条件で海みたいな場所は好きなんだと思っていたと言うと、ベタベタするから出来れば行きたくないそうだ。恭介君も同じ理由で海は好きじゃないのと暑いのがそもそも得意じゃないみたいで、此処でのランチも肘の下までシャツの袖を捲り、汗で張り付く背中に時折パタパタと空気を送っている。半袖を着ればいいのになと思うが、七分丈が好きらしい。男子のファッションはよくわからない。 「お土産よろしくね!」  アタシの言葉にルイ君だけが任せてと笑顔で親指を立てた。  あえか達の噂は週末の連休も挟んだこともありかなり落ち着いていて、それだけではなくルイ君と恭介君それぞれの校内ファンクラブメンバーが沈静させたと聞いた。彼女達は時に暴走するが、基本的にはルイ君達が平穏に学校生活を送れるよう見守るために活動しているというようなことを聞いたことがある。だから多分、校内の他の有名人に比べても売れている二人の割には制約無く過ごせているんだと思う。  あえかのことはどちらのファンクラブも目の敵にしているようだが、彼らが直接あえかについては干渉するなと指示したことで、いじめみたいな事は起こらない筈だ。少なくともファンクラブの会員からは手を出されないだろう。 「待たせたな」 「……別に」  今日もアタシはバイトで、恭介君にあえかを託して先に帰る。  職員室に用があるという彼が戻るのを待って、あえかを守る騎士交代だ。あえかはいつも通り素っ気ない態度だけれど、やはり助けてもらった恩義を感じているのかこれまでよりは恭介君に対する拒絶がない。 「恭介君、あとはよろしくね! じゃあねー!」 「麻衣、バイト頑張って」 「ハイハーイ」  今日も中華ファミレスのバイトだ。学校からバスで四十分近くかかるショッピングモールまでは毎度遠くてうんざりするが、バイト後の家までのバスの便を考えると簡単にはバイトを変えられない。いつものようにタイムカードを押してアタシの持ち場であるホールに立つと、平日は毎日シフトに入っている先輩が目を輝かせて話し掛けてきた。噂好きの人だから何か面白い話でも仕入れたのだろう。 「先週の金曜日、麻衣ちゃんバイトない日だったじゃん? 事件あったんだよ!」 「事件、ですか? 食い逃げでもされました~?」 「いやいや、ウチの店じゃなくてココの建物内で。女子高生連れ去り事件! ヤバくない!?」  金曜日の夕方過ぎ、女子高生が二~三十代の男に連れ去られたらしく、警察や関係者らしき人達が探し回っていたという。この店にも警察が聞き込みに来たそうだ。 「麻衣ちゃんって霜高だったよね!? そこの生徒らしいんだけど、何か学校で話聞いた?」  話を聞いた限り高確率でそれはあえかの話だろう。聞いたどころか当事者と友達ですなんて言ったら噂話に火が付きそうだ。 「いやー、特に聞いてないですね~」 「そっかぁ。なんかさ、“恭介”っているじゃん、モデルの! その恭介が血眼になって探してたって、花屋のアサツキさんが見たらしくて――」  身近で警察が絡む、しかも女子高生連れ去りなんてセンセーショナルな事件が起きただけでも先輩は興奮するだろうに、そこに知ってるモデルも絡んでいるとなるとさぞ魅力的な話題だろう。 「ねぇ、恭介ってココ来るんだね! ウチでもご飯食べたりしないかなぁ?」  まぁでも、この様子じゃ警察沙汰よりも恭介君に意識が持っていかれているみたいだから放っておいてもいいか。仕方ない、大事な親友の辛い話題を逸らすためには犠牲になってやるか。 「恭介君はクラスメイトですよ、アタシ」 「まっじ!? あ、そっか霜高……! あ、じゃあアレ、ルイもいるの!?」 「ルイ君も同クラですね~」  盛り上がる先輩に適当な燃料でもと思っていたが、丁度ディナータイムに入り客も増えてきて、そのままバタバタしたためラストまでその話題に戻ることはなかった。 「ただいま」  重たい玄関の戸を開けていつものように控えめに帰宅の挨拶をすると、まだエプロン姿のお母さんが出迎えに来た。 「おかえりなさい麻衣ちゃん。疲れたでしょう、ご飯出来てるわよ」 「ありがとう。お父さんは?」  リビングに入ると唐揚げのいい匂いがしたが、今日はこの時間ソファで本でも読んでいる筈の男がいない。 「さっき呼び出しがかかったから病院に行ったのよ」 「そう」  鞄置いてくる、と言って部屋に向かうアタシのために、お母さんはお茶碗にご飯をよそっている。この甲斐甲斐しさにはまだ慣れないし、互いに様子を窺い合っている感じがして息苦しい。兄ちゃんや姉ちゃんのように、アタシも早く一人暮らしがしたい。 「そういえば、お父さんが麻衣ちゃんにって」  部屋着に着替えて食卓に着いたアタシの前に、バサリと複数のパンフレットが置かれた。大学の入学案内や塾のそれで、懲りない男だなと小さく溜息をついた。  アタシが嫌そうにしているのを察したらしいお母さんが苦笑いを浮かべる。 「……お父さんは麻衣ちゃんに期待してるのよ。でも無理しなくても、麻衣ちゃんの好きなようにすればいいからね」  こうやってこの人は理解のあるフリをしているけれど、中学まではあの男と同じように――むしろあの男からの圧力もありそれ以上に、アタシに勉強することを強いてきたし、他の家族に倣って医者になるようにずっと言い続けてきた。家族で、そして近しい親族でお母さんだけが医者じゃないからコンプレックスのようなものもあるのだろう。  当然のように医者の道を志した兄ちゃんや親からの圧に屈して医者になった姉ちゃんのように賢くないから、事あるごとに反発してきたアタシは両親にとって扱いづらい存在に違いない。しかも、もしまたアタシの機嫌を損ねるようなことがあれば今度はどんな問題を起こすだろうかと警戒している筈で、お母さん経由でこうやってパンフレットを渡す程度で様子を見ているんだろうなと窺える。 「まぁ受け取っておくよ」  唐揚げを頬張りながらパンフレットに手を触れると、お母さんは安堵の表情を見せた。  ――と、思ったが、すぐに強張った顔で声を潜めて訊いてきた。 「……麻衣ちゃんのバイト先のモールで、麻衣ちゃんの通う学校の子が関わった……その、警察沙汰があったって聞いたんだけど……」  どういう心配をしているのかが手に取るようにわかり、アタシは呆れたように笑った。 「大丈夫大丈夫、アタシは何もしてないよ」
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