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友情か愛情か、ただの興味か。
「えー、嬉しいなぁ、ありがとう!」
見知らぬ彼女の言葉に大袈裟に喜んで見せてから、そのままのテンションで訊ねてみた。
「オレのドコが好きなの? 教えてよ!」
本当のオレを見て欲しいなんて深いことは考えていない。別に顔が好きなだけでもいいし、声が好きとか、そういう内面に触れない理由でも嬉しいことに違いはない。
彼女は恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いで答えた。
「……やっぱりカッコいいところかな? 顔がすごくタイプなの。あと優しいところ……」
可愛いな。
正直に顔って言ってくれるのも可愛いし、作られた表面的な優しさを間に受けてオレを優しい人間だと思っている素直なところも可愛い。
女の子は大抵みんな可愛い。
「そっかぁ、ありがとう! つまんないね」
可愛いなと思いつつ、オレはいつもの笑顔を貼り付けたまま思った通りに伝えた。
「……えっ?」
「ごめんね、好きって言ってくれたこともその理由も嬉しいんだけど、ちょっとそれだけじゃつまらないから付き合えないなぁ」
オレがこうやって女の子からの告白を断るのは何人目だろう。
彼女がいたら毎日楽しそうだから欲しいし事務所からも禁止されていない。なんだったら巴さんは恋愛は表現の幅が広がるからと推奨しているくらいだけど、残念ながら今のところオレが付き合いたいと思える女の子からお声は掛からない。
あえかちゃんでも麻衣ちゃんでも、どちらから告白されても断るつもりは無いのに、どういう訳か二人ともオレには恋愛感情を抱いていない様子だ。
見た目は断然あえかちゃんが好みだけど、麻衣ちゃんの謎めいた所も魅力的だし、とにかく二人のどちらか……二人ともでもいい、オレを好きになってくれたらいいのに。
「じゃあこの四人で決定~!」
夏休みに入る前に予定を組み始めるらしく、今日のこの時間は修学旅行の自由行動時の班決めと班ごとの行き先決めを行なっている。
他から声が掛かる前にオレと恭ちゃん、あえかちゃん、麻衣ちゃんで決めてしまい、無事四人グループを完成させることに成功した。
恭ちゃんとは絶対一緒が良かったし、あえかちゃんと麻衣ちゃんが華になってくれるなんて最高の旅になりそうだ。このメンバーで組もうと提案してくれた麻衣ちゃんには何かでお礼をしたいくらいで、だけど修学旅行の前には夏休み――そしてあえかちゃんの誕生日があるから、麻衣ちゃんの意図する何かを達成出来ていなかった場合が少し怖い。
「何処がいいかな? 北海道って行ったことないからよくわからないんだよね~」
麻衣ちゃんは教師が用意した行き先候補リストを眺めて楽しそうだ。
「札幌っていっても広いんだよね? 札幌駅周辺って何あるんだろ?」
オレは過去に撮影で行ったことがあるし、恭ちゃんも初めてではないようだ。
「時計台は団体行動の中に組み込まれてるのよね?」
「え? あえか時計台楽しみなの?」
「別に……ただコレ見てたら駅から近そうだったから」
あえかちゃんと麻衣ちゃんは行ったことが無いようで、更にあえかちゃんに至ってはそもそも興味も無さそうだ。まぁそれはわかっていたことだが。
「駅で買い物とかじゃダメなのか?」
「それでもいいみたいだけど、それ別に札幌じゃなくてもよくない?」
「それもそうか」
チャイムが鳴り、行き先は次回のロングホームルームまでに決めておくことになりその日は終わった。
今日は撮影の日だ。
恭ちゃんとペアの仕事で、雰囲気を掴むという名目であえかちゃんも同行して見学してくれることになっている。オレの仕事ぶりを見て評価してもらえないかと期待しているのだが、あえかちゃんは本当にモデルの仕事に興味が無いらしく、スタジオに行くことにも特にコメントは無いし他にモデル等有名な人が来るのかも何も聞いてこない。普通はもっとミーハー心を持ち合わせていると思うのに、その辺もあえかちゃんのクールな感じが出ていてやたら惹かれる。
「普通のビルで撮るのね」
スタジオ前に着いたオレ達は、専属モデルをしている雑誌の編集部があるフロアに向かった。
ロケに行っての撮影も勿論あるけれどそれは休日のみで、平日は基本的にこのビル内にあるスタジオにモデルやカメラマンを呼んで撮影している。学業優先という巴さんの意向で、仕事先の人達にもこうして協力してもらっている。いつもまずは編集部で世間話と撮影の打ち合わせを軽くしてから始めていて、今日はあえかちゃんを紹介することにもなっていた。
「初めまして。話は伺っています。川田です」
名刺を渡しながら爽やかに微笑む川田さんはオレ達をこの雑誌の専属にと選んでくれた編集さんで、今は副編集長をやっていると聞いている。いかにもデキる女といった風貌だけれど結構抜けているところがあってオレは割と好きだ。
「……遠山あえかです。よろしくお願いします」
予め川田さんにはあえかちゃんがそんなに乗り気じゃないことも含め軽く説明してあるからか、素っ気ない挨拶にも気にする様子は見せずにマイペースに話し続ける。
「うん、いいね! そういう落ち着いた雰囲気の女の子って今ウチに少ないから欲しかったんだよね~! ホラ、“satisfaction”って丁度みんなくらいの年齢から二十代がターゲットなんだけどね、ルイ君と恭介君を看板に持ってきてるのもあって読者層も二人と似た雰囲気の男性が多いみたいで。そうなると元気系の女の子はちょっとイメージと合わなくて――――」
まぁ気軽に見学して気になることがあれば聞いてとフランクに言う川田さんは、悪戯っぽくオレと恭ちゃんに耳打ちした。
「ド美人じゃん! どうする? 攻めたビキニとか用意しとこうか!?」
「是非~」
大歓迎に決まっていると頷くと、隣で恭ちゃんは眉を顰めた。
「バッ……! ダメに決まって――」
「ふむ、恭介君はワンピース派なのかな。大丈夫、どっちも用意しておくね」
あえかちゃんなら何でも似合うに決まってる。でもビキニのほうが顔立ちとのバランスもいいと思うんだけど、恭ちゃんは意外と彼女のことは束縛しそうなタイプだな。
撮影が始まると、あえかちゃんは真面目にその様子を見ているようだった。もう少しつまらなそうにされる覚悟もしていただけに嬉しい。
ダウンコートをはじめ厚着の撮影に多少考慮してくれている空調だけどあえかちゃんは寒くないだろうか。上着を脱いでもオレは暑いしスタッフさん達が夏服で普通に動いているところを見るとそこまで温度は低くないのだろうか。
オレのソロでの撮影を見ているあえかちゃんは、たまに通りかかるスタッフさんに話し掛けられてはそこそこきちんと対応しているようだ。
「あ、ルイ君視線こっち~」
オレはプロだ。あえかちゃんのことなんてそこまで気にしていない、つもり。
そう撮影に集中しようとした矢先、あえかちゃんの元に待ち時間の恭ちゃんが紙コップを持って近付いたのが目に入った。高身長の二人は此処から見ていてもお似合いで、それにあのクールな雰囲気も合っている。
恭ちゃんが女の子をあんなに気に掛けている姿は初めて見るし、あえかちゃんが麻衣ちゃん以外にあんなに普通に話すのも初めて見る。
……オレのほうが恭ちゃんよりも先に、ずっと話し掛けてきたのに。
「ルイ君、今の表情良かったよ!」
「えー? どんな顔でした~?」
「なんか哀愁あってその衣装ともバッチリだったよ。いつの間にそんな表情覚えたの?」
巴さんが言うのはこういうことなのだろうか。
だったらもっと違う表情を引き出せる関係になりたい。
「お待たせ。オレがいなくて心細かったでしょ」
恭ちゃんとバトンタッチして、二人合わせての撮影までの少しの待ち時間はあえかちゃんの隣を陣取った。
「別に。皆話し掛けてくれるし」
「……恭ちゃんとか?」
横目でオレを見て溜息をつくその横顔もキレイだな、と見惚れてしまう。
「近藤だけじゃなく。中野だって撮影中も気にしてくれてたでしょ?」
「えっ」
「……違った?」
「違くないけど」
拗ねた態度を取ってしまったが、あえかちゃんがオレを見ていてくれたことに驚いて、そして嬉しい。でもオレはこれまでもそうしてきたように、予防線を張り続ける。
「あえかちゃんと恭ちゃんお似合いだったの、妬けたなぁ~」
「どう似合うっていうの」
面倒臭そうに、だけどこれまでよりもきちんと会話をしてくれているのは恭ちゃんの効果だろうか。それとも修学旅行の同じ班だから歩み寄ろうとしてくれているのか。
「雰囲気が似てたから」
「私と近藤が似てるなら、中野も似てることになる」
対極に見られがちのオレと恭ちゃんを一括りにするなんて――オレはどんな風にあえかちゃんの目に映っているのだろう。怖い。
「……麻衣と中野もよく似てる。修学旅行、楽しみね」
あえかちゃんのことはよくわからないけれど、あえかちゃんはもしかしたらこれまでオレを好きだと言ってきた女の子達よりもずっとオレのことを見てくれているのかもしれない、と半端な期待を抱いてしまいそうだ。
撮影中の恭ちゃんを見てみると、カメラに集中しているようでオレ達を気にしているような素振りは見えない。オレの知らないところで二人の距離はグッと近付いているのではないかと思っていたけれど、案外そんなに差は付いていないのかもしれない。
一歩踏み出してもいい……?
「ねぇあえかちゃん。ちょっと先の話だけど。8月7日にさ、花火大会あるじゃん? 河川敷で」
「そうなの?」
予想通りというべきか、知らなかった様子のあえかちゃん。
「オレと二人で行かない……?」
言ってから失敗したと思った。
二人でと先に伝えてしまったら断られた時のダメージが大きい。後出しすればよかったし、いつものオレならこんな失敗しないのにとこめかみを押さえていると、少しの沈黙の後あえかちゃんは「いいよ」と答えた。
「――――えっ?」
「いいよ、って言った。それとも冗談?」
こんなにすんなりOKを貰えると思っていなくて思わずすぐにいつもの調子で答えられなかったのが悔しいが、これで一歩リードという訳だ。
「まさか! 本気だよ! もうキャンセルなしだからね! 詳細はまた近くなったらでいい?」
「わかった」
その後呼ばれて恭ちゃんとの撮影が始まったけれど、どうしても優越感のようなものに感情が支配されてしまい上手く表情が作れなかった。不思議そうな恭ちゃんには悪いけれど、あえかちゃんの誕生日はオレが貰ったよ。
「お兄ちゃん、なんかあったの?」
遅めの夕食をかき込んでいると、リビングでテレビを観ていた玲生ちゃんがオレの顔を覗き込んできた。
「今日撮影だったんだよね? また表紙でも飾るの?」
「表紙は表紙だよ、恭ちゃんとだけど」
「ふぅん? なんかいつもより楽しそうだから」
玲生ちゃんは中学三年生にもなって兄であるオレが大好きらしく、いつも些細な変化も見逃さない。懐いてくれること自体は純粋に可愛いなと思うが、年頃になった玲生ちゃんはちょっと鋭くて苦手な時もある。
「……花火大会、行くことになって」
変に誤魔化しても見透かされると思い正直に話すと、アニメの探偵のように顎に手を添えてニヤついた。
「彼女ですな……?」
どうやらこの探偵は老紳士の設定のようだ。
「彼女ではないけど」
ふむ、と掛けていない眼鏡をクイっと上げる真似をした玲生ちゃんが楽しそうに探偵ごっこを続ける。
「好きな人とデート、なのですね……!?」
「そう、なのかも?」
玲生ちゃんの指す“好きな人”とカテゴライズしてもいいのか些か悩んだ。あえかちゃんのことは付き合いたいと思うくらいには好きだけれど、だからといって愛しているかと訊かれたらきっと愛じゃない。恋人同士なら許されるであろう行為をあえかちゃんとしたいか考えたところでオレも年頃の男だしそりゃしたい。ただそこにどんな感情が乗っているのかは自分でもイマイチよく見えていない。
「好きな人だよ、それはきっと。だってお兄ちゃんが女の人の話するの初めてだし、そんなに楽しそうな顔してるの、玲生も見たことなかったもん」
自信満々の玲生ちゃんが可愛い。探偵ごっこは終わったようだ。
「玲生ちゃんは彼氏いる?」
「……!?」
自分の恋愛話に切り替わるとは思っていなかったらしく慌てる様子から、好きな人以上はいそうだ。
「お兄ちゃんと結婚するって言ってた玲生ちゃんはもういないのか~」
「も、もぉ~! 玲生のことはいいから! お兄ちゃんはその好きな人とどれくらい仲良しなの?」
「割と無視されてきたかな……」
自嘲すると玲生ちゃんは大袈裟に驚いて見せた。
「お兄ちゃんを!? 無視……っ!?」
「最近少しだけ相手してくれるようになったんだよね」
「じゃあお兄ちゃんがアプローチ続けて、相手の人も気持ちが揺らいでくれたんだね」
そうだ。
あえかちゃんはずっとつれない態度だった。それがデートまで承諾してくれるなんて急展開はそういうことなのではないだろうか。オレがこれまで無視されてきても話し掛け続けたことでやっと心を開いてきてくれたのだとしたら、この調子で構い続けていたらオレを好きになってくれるかもしれない。
でも、オレはあえかちゃんのことをどう思っている?
玲生ちゃんの言う通り他の女の子とは違う目で見ていることは認める。
純粋にあえかちゃんが好き?
恭ちゃんに負けたくないだけ?
それとも……――――
脳裏にチラつく麻衣ちゃんの顔は、やたらとオレを侮蔑した目をしていた。
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