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『夢なみだ研究所』
ここは誰かが落とした涙を乾かぬうち一粒回収して、ひっそりと研究をしている場所。
***
冬の寒さが厳しく感じる満月の夜、
『夢なみだ研究所』に一粒の涙が回収された。
大学を卒業して研究所に勤めて五年、船附誠也は黒メガネをかけ、小さく透明な箱に入る一粒の涙をじっと眺めて呟いた。
「あと少し、あと少しだったな……」
誠也は眉を八の字に下げて刹那に箱を見つめる。その時、誠也のいる部屋の自動ドアが開かれた。入ってきたのはサンタクロースのようなひげが生えた『夢なみだ研究所』の施設長だ。
「今日街から新しい涙を回収したと聞いたが?」
「これです、施設長」
「ほう……これは」
水滴型の涙は箱の中で青く、たまに暗い緑色に光る。
「もう少しでした……」
「緑色の輝きがあるからか」
「はい。この涙を流した方はきっとすごく努力した人だと思います。でも疲れてしまって、もう少しで夢が届くはずだったのに……努力をやめてしまった人です」
「そうか」
「あと少しだった……だから完全な青色じゃなく、少し温かみのある緑色が涙の中に見える。あと少しだけ頑張れたら……この人は夢を叶えられた」
施設長は一度ゆっくりと頷いた。
「その涙に橙色のような温かみのある色を入れてあげよう。時間をかけて色が染まったら涙を流した人のもとに返してあげよう。また夢に向かって歩けるように」
「緑色は少しあっても橙色まで近づけられるでしょうか? 全体的には青色なので明るい緑色までにはもっていけそうな気がしますが……」
「育ててみようじゃないか」
「はい」
誠也は箱から涙を取りだして空気中で乾かないうちにすばやくカプセルに入れた。カプセルの大きさは手のひら縦二つ分。カプセルに入った涙は空気中でふわふわとクラゲのように浮いている。
「この涙を流したご主人様がこの涙のことを忘れてしまわないうちに、心に戻さなければ……涙はそのまま消えてしまう。それは惜しいことだ。だってこの涙はあともう少しだったんだ。あとちょっとで夢に届くはずだった」
涙は一時間ごとにスポイトで一滴一滴目標の色をカプセルの中で染み込ませていかなければならない。
染み込ませるタイミングが一分でも遅かったり早かったりすると……涙は消えてしまう。
「可能性がある涙は育てなくてはならない」
誠也は睡眠時間を削ってでも、この涙を育てる決意を固めた。
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