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三日後、誠也の努力によって、涙は目的の温かみのある綺麗な橙色になった。
「施設長! やりましたよ!」
「よくやった! また色が青や緑に戻らないうちに涙をその人に返してあげなさい」
「はい」
誠也は橙色の涙を小さく透明な箱に入れ、マフラーを見にまとい、施設を出て街へ向かう。箱に入れれば涙は乾かない。そう安心していたのに、誠也が歩いていくうちに涙は少しずつ凍り始める。
「嘘だろ!?」
誠也は箱を見つめる。今日は冬の寒さがあまりにも厳しくて、箱の中の効力が弱まっているようだ。雪もちらちらと降り始める。
涙が凍ったり空気中で蒸発したら、もう二度と元には戻せない。
「だめだ! もうすぐ持ち主の家につくから頑張れ……!」
誠也は巻いていたマフラーを箱に巻き付けて、ぎゅっと抱き締める。箱の体温を維持しながら目的の場所まで走った。
マフラーに巻かれた箱を上から時折覗きながら涙が僅かにさす光を頼りに、この涙をこぼした人の家の前までやってきた。
誠也は窓から部屋の中をそっと覗いた。
涙をこぼしたのは、小学四年生の男の子だった。
男の子は部屋の隅で一人でいる。三角座りして俯いていた。
誠也は男の子に気づかれないように、窓をほんの少しだけ開けてみた。幸い窓に鍵はかかっていなかった。
「ほら、橙色の光が凍らないうちに、もとの青色や暗い緑色に戻らないうちに……ご主人様のもとにお帰り」
誠也は箱の蓋をそっと開けた。
すると、ご主人様の存在を近くで感じとった涙は、箱を飛び出して、窓の隙間を入り、ひらひらと蝶々のように飛んで、男の子の心の中に入っていった。男の子は窓から涙が入ってきたことには気が付かなかった。
「あれ……?」
男の子は心に手を当てた。
「何だかここがすごく温かい……」
男の子は立ち上がり辺りを見回す。誠也は男の子の様子を見てその場に屈んで隠れる。
「誰の声だろう……心の中で『もう少しだよ』って優しい声が聞こえた。誰かいるの?」
誠也は縮こまり、黙ったまま身を潜めていた。
「……何だか不思議とやれそうな気がしてきた。もう一度、練習してみようかなサッカー……今度こそ試合で勝てるように」
誠也は男の子の言葉を聞き、そっと窓を覗く。男の子は微笑んでいた。
「……あきらめないでね。このあとその涙は君が育てていくんだよ」
誠也は笑って呟くと、男の子に見つからないようにそっと歩き出して研究所まで戻った。
***
研究所の入り口では、施設長が待っていた。
「どうだった?」
「上手くいきました。涙の持ち主は笑ってくれました」
「そうか、よかった」
「はい」
施設長は俯きながら口を開く。
「苦労をかけるね……」
誠也は首を振る。
「いいんです。だってそれが……お父さんの夢だから。お父さん……いえ、ここでは施設長でしたね。施設長が誰かの涙を守るように、僕はお父さんの夢を守ります」
「ありがとう」
「はい」
二人はそっと微笑んだ。
『夢なみだ研究所』
ここは誰かが落とした涙を乾かぬうち一粒回収して、ひっそりと研究をしている場所。
誠也と施設長は今日も誰かの涙のために、懸命に働いている。
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