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しかし、川には水など一滴もなかった。代わりに沢山の焼け爛れた人が浮いていた。
「かあちゃ……」
絶句した千代がうちの足に縋り付く。うちも呆然とその光景を見つめた。怖い、という感情すらなくなっていた。千代に水を飲ませなければ。
助けてえ、熱いよお、水をくれえ。そんな呻き声があちこちで聞こえていた。千代は泣き疲れ、黙ってうちの手を握って歩く。
ようやく辿り着いた井戸で飲むことができた水は、ほんの一口程度だった。全部千代にやり、うちは座り込む。
疲れた。夫は無事やろうか。呉に住んどるうちの父ちゃんと母ちゃんも無事やろうか。あれはなんやったんやろうか。どうしてこんなことになっているんだろうか。
ぱたぱたと雨が降ってきた。雨が黒い。なんで黒いんやろうか。
「母ちゃん、雨や」
水欲しさに空に向かって口を開ける千代を慌てて止めた。黒い雨なんか普通じゃない、飲んだらあかん。
雨は夜が明けても降り続いた。うちの服も千代の服も真っ黒になった。
もはや歩く気力もなくなり、座りこむ。空は夜の漆黒に染まっていた。
もう少しだけ違う時代に生まれていれば、こんな目に遭うこともなかったんやろうか。もう少しだけ遅く家を出ていれば、千代もうちもこんな痛い思いすることなかったんやろうか。
千代。
うちにもたれかかって眠る千代の頭を撫でる。
千代。あんたは長生きしてや。うちは多分、目を閉じたらもう開けられん。
ああ、もう少しだけ長く生きたかった。千代が大きくなって、小学生になって、学校に行く姿ぐらいは見たかった。可愛いやろうなあ。
もう少し大きくなったら、好きな人でもできるんやろうか。うちみたいにお見合いして、結婚して、子供を産むんやろうか。ああ、孫も見たかったな。
ごめんな千代。あんたは生きるんよ。あんたは生きて、幸せになるんよ。子供産んで、孫の顔も見るくらい長生きしてや。
そして、うちは静かに目を閉じた。
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