悪源太義平~東国武士団の革命戦に先立つ20年前、ひとりの若武者が革命前夜の関東平野を駆け抜けた。その若武者の名は、悪源太義平。

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坂東の平野は果てしなく延びている。 川沿いにしか人は住まず、それらを転々として踏み、利根川まで来た。 西国では見たことがない大河である。 ここまで来て義平は考えた。 (さてどちらへ行くか) 下野へ行けば足利荘、上野へ行けば新田荘である。 足利も新田も同じ源氏、八幡太郎義家の孫に当たるが、土地をめぐって争いが絶えない。 それを考えると慎重にならざるを得ない。 夕日が傾く利根川を土手から見ていると、真下の河原をとある集団が歩いてくる。その行く手に船がある。方角からいえば新田であろうか。 (思いきって乗るか) 川原で夜を越すつもりはない。 といって徒歩では渡河できないから、若者は船への同乗を求めることにした。 高い土手をツツーっと降りると、義平は一行の前に立ちはだかった。 一行の中心に巫女がいる。 白上位に緋の袴姿の美少女は、一瞬驚いたが、その前を村人が塞いだ。 「某、この先の新田荘に参る者、船への相乗り許されたいが」 見るからに侍風の義平に、 「ウチの荘に何の用だ?」 村人はいぶかしんだが、義平は答えた。 「新田義重殿に一宿一飯の恩義に預かりたい」 「お館様の?」 村人たちはどっと笑った。 巫女は、その笑いの中、眼の前の若者を見て、 「お名前は?」 と問うた。 涼やかな声だった。 「源太郎義平」 若者が名乗ると、 「証拠はありますか?」 と巫女は求めた。 「これを」 父からもらって来た鬼切の太刀である。 「私は、おなごなので刀はわかりません。父に見ていただきましょう」 「父?」 巫女はお辞儀した。 「新田義重の娘・沙耶です」 「新田殿の娘」 いきなりの出会いに驚いたが、 (これはいいかもしれん) と義平は思った。 向こうから幸運が飛び込んできたのである。 しかも美しい。 世間のわずらいごとを、まだ知らない若者はためらわず目前の美少女を選んだ。 「先日、三浦様よりお文が届きました。近々、源氏の嫡流が来るかも知れず。まずはご接待あれと」 村人は、 「本物かどうか分かりませんぜ」 といぶかしんだ。 都の食い詰め者が、公家だとかいって貴種を僭称して感心をかい、そのまま農家に入り浸る例が多いのである。 が、この種の者は女子が多い。 年若な娘が飢えて農家の戸をたたく。
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