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坂東の平野は果てしなく延びている。
川沿いにしか人は住まず、それらを転々として踏み、利根川まで来た。
西国では見たことがない大河である。
ここまで来て義平は考えた。
(さてどちらへ行くか)
下野へ行けば足利荘、上野へ行けば新田荘である。
足利も新田も同じ源氏、八幡太郎義家の孫に当たるが、土地をめぐって争いが絶えない。
それを考えると慎重にならざるを得ない。
夕日が傾く利根川を土手から見ていると、真下の河原をとある集団が歩いてくる。その行く手に船がある。方角からいえば新田であろうか。
(思いきって乗るか)
川原で夜を越すつもりはない。
といって徒歩では渡河できないから、若者は船への同乗を求めることにした。
高い土手をツツーっと降りると、義平は一行の前に立ちはだかった。
一行の中心に巫女がいる。
白上位に緋の袴姿の美少女は、一瞬驚いたが、その前を村人が塞いだ。
「某、この先の新田荘に参る者、船への相乗り許されたいが」
見るからに侍風の義平に、
「ウチの荘に何の用だ?」
村人はいぶかしんだが、義平は答えた。
「新田義重殿に一宿一飯の恩義に預かりたい」
「お館様の?」
村人たちはどっと笑った。
巫女は、その笑いの中、眼の前の若者を見て、
「お名前は?」
と問うた。
涼やかな声だった。
「源太郎義平」
若者が名乗ると、
「証拠はありますか?」
と巫女は求めた。
「これを」
父からもらって来た鬼切の太刀である。
「私は、おなごなので刀はわかりません。父に見ていただきましょう」
「父?」
巫女はお辞儀した。
「新田義重の娘・沙耶です」
「新田殿の娘」
いきなりの出会いに驚いたが、
(これはいいかもしれん)
と義平は思った。
向こうから幸運が飛び込んできたのである。
しかも美しい。
世間のわずらいごとを、まだ知らない若者はためらわず目前の美少女を選んだ。
「先日、三浦様よりお文が届きました。近々、源氏の嫡流が来るかも知れず。まずはご接待あれと」
村人は、
「本物かどうか分かりませんぜ」
といぶかしんだ。
都の食い詰め者が、公家だとかいって貴種を僭称して感心をかい、そのまま農家に入り浸る例が多いのである。
が、この種の者は女子が多い。
年若な娘が飢えて農家の戸をたたく。
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