悪源太義平~東国武士団の革命戦に先立つ20年前、ひとりの若武者が革命前夜の関東平野を駆け抜けた。その若武者の名は、悪源太義平。

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都の公家の娘といい、家人も怪しいと思いながら年が釣り合う息子と添わせ、「分付け」と称する土地分けをしてやる。 「分付」として子もできる頃になると、本家では、 「やれ、あの娘の言葉は、同じ京でも河原者の話し言葉よ」 などと素性が知れるが、元より推測しているため、そんなことはどうでもよくなる。 「まずはお乗りあれ」 沙耶は船へ誘った。 冬の雪解け水が満ちるこの時期の利根川は、流れが速い。 その濁流を船が漕ぎ行く。 「なあ、お侍よ。もし新田のお館様お泊め下さらんときは、わしの所に来い」 これから田植えだが人手が足りん、といった。 村人としては、この若者に好意を持ったのであろう。 屈強な体をしている。 武勇を鍛えたのだろうが、その体が数石の米を産むことを村人は知っている。 それを船の先頭に座って聞いていた沙耶は、 「本当の太郎さまの気が致します」 と川を渡る風に髪をなびかせていった。 「神様のお告げですか?」 村人がいうと、義平は、 「神の声が聞けるのか?」 と尋ねた。 「おうさ、沙耶様は森の神の声をお取次ぎあそばさる」 森の神といえば木霊であろうか。 そういえば、最近は都でも末法思想とかで仏教がすたれ、神仙思想を重んじる空気が広がっている。 大津に住む母も、琵琶湖の「水の精」とやらを崇拝しているではないか。 (神などはいない) と義平は思っている。 所詮、神は人間が造ったものなのだと。 それを知っている一部の支配者が「神意」と称して、勝手に政治利用している。 父の義朝がそうだった。 源氏の神は八万大菩薩である。 ある出陣のとき、義平は聞いた。 「戦に望むとき、神前に馬揃えあるが、あれは本当に効くのか?」 義朝は笑っていった。 「アレは景気づけよ」 儀式だという。 「八幡大菩薩が勝つとご神託あれば、皆勝つ気になるのよ」 戦さは九割が気持ちだという。 気迫が圧倒するという。 「その気迫を得るために居もしない神に祈るのよ」 「ならば、おとどは八幡大菩薩はいない、といわれるのか?」 まだ幼い義平を抱き上げて、義朝はいった。 「わしの八幡大菩薩は、そなたの母よ」 軍旅の先々で抱く女々が、おれの菩薩様よ、とこの父は豪快にいってのけた。 なるほど旅の先々で抱く女どもこそが、義朝にとって安らげる「神」であったであろう。 それ以来、義平は神を信じなくなった。
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