悪源太義平~東国武士団の革命戦に先立つ20年前、ひとりの若武者が革命前夜の関東平野を駆け抜けた。その若武者の名は、悪源太義平。

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(いや、そうじゃあるまい。本当は) 旅立つ前、母に会いに大津へ行った。 そこで湖畔に臨む宿で、母は義平の前途を祈った。 母は、いつもそうだった。 (だが、わしは都を追われる) 神頼みして荘のひとつも貰えたか、と義平は思った。 そして、この母も義朝から十分な愛を受けたか、と義平は思った。 義平は暮れ行く川景色の中で、沙耶を見た。 (あるいは、この姫こそ、おれの神かもしれない) 現世のご利益をくれる神であるとすれば、なるほど、それはそうかもしれない。 ただ、この考えは、たぶんに仏教的で、目前の巫女少女を想うには、あまり適当ではない。 船は、対岸に着いた。 その途端、日が落ちた。 とっぷり暮れた中を、沙耶に先導されて、義平は新田館へ入る。 (ほう、これは質素な) あまりに簡易な造りの館に驚いたが、この時点で、新田は新参の開拓者である。 隣地の足利とは兄弟の仲であり、新田は実兄であるが、先代義国以来の足利荘を弟義康に譲り、自分は未開拓地の新田郡に入り、せっせと開墾に励んだ。 そのため館も俄か造りであり、義平は待たされる間も吹きとおすこの季節の風が冷たい。 手燭が来て、義平を主殿に案内した。 その上段に、新田義重がいる。 義平は廊下に座り、段上に両手をつき、そのままドンと膝を上げた。 武家の礼法にかなった所作である。 その義平の背後に、沙耶が立っている。 義平が上段の義重に言上しようとしたとき、沙耶はある一点を指していった。 「ご挨拶を」 その指し示す先に一足の甲冑がある。 赤糸威しの玩具鎧である。 義平は威儀を正し、 「玩具大鎧、我、源太郎義平をご照覧在れ!」 と平伏した。 それを見て義重は立ち上がり、とっくりを持って義平の許へ来て、ドカっと座った。 なみなみと酒を注ぎ、 「遠慮はいらぬ。新田館といっても、ただの私名田持ち。そう固くなることはない」 いけるだろう、と進めた。 義平は杯をとると、さっと義重は、その腰元から太刀を抜いた。 「なるほど源氏累代の鬼切の太刀か。義朝殿は良い物をくれたな」 そういって、義重は、その名刀を沙耶に渡した。 「神前へ」 いわれて、沙耶は両袖に鬼切の太刀を包み、静々と主殿の間を出た。 「いい娘だろう」 不意に義重がいった。 「は、はあ…・・」 「忍ぶなよ」 義重はクギを刺した。 「義朝殿とは、土地のことでお世話になっておる。それ故、ここには置く。ただし先のことはわからん。それまで、わしの下知に従え」
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