シンクロニシティは世界を超えて

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“警告です。世界の消滅まであとわずかです。” (あおい)は飛び起きた。時計の針を確認すると午前5時を過ぎたところだ。寝汗で額に張り付いた前髪をかき上げる。 まただ。 ここ数日、同じことが続いている。 目覚めとともに頭の中にこだまする謎の警告。 蒼はベッドの上に身を起こしたまま、必死に夢の内容を思い出そうとした。 とても重要な夢を見たはずなのに・・。 そして、やはり何も思い出すことが出来なかった。 「世界の消滅!?」 (まもる)が素っ頓狂な声を上げる。それから声をあげて笑い出す。 「そりゃあ、蒼、予知能力だよ。人類滅亡の時を知らせるお告げだ。」 守は蒼と同じ高校に通う幼馴染だ。 登校途中で、たまたま一緒になったこの能天気に相談したことを、蒼は激しく後悔した。 「ほら、今朝のニュース見た?NASAによるとだな、宇宙の彼方から地球に向かって飛来する小惑星が確認されたらしい。蒼の夢は、小惑星が地球に衝突することを予知してるんだよ。」 そのニュースは蒼も知っていた。 「それって、25年も先の話でしょ?どこが”あとわずか”なのよ。」 「いやいや、実は飛んできてるのは小惑星じゃないんだな。なんと宇宙人を乗せた戦艦なんだよ。彼らは急速に加速して・・、そうだな、3日後くらいに地球に到達するんだ。そしてあっという間に地球を侵略してしまう。うん、そうだ、間違いない。」 「あのね、小惑星が確認されたのは海王星よりもっともっと遠いところなのよ。3日で地球に到達って、無人探査機の何倍速い戦艦なのよ。」 「そこが、宇宙人のすごいところだ。地球人の原始的な脳では理解できないような技術を開発してるんだよ。」 「大体、なんで私だけ人類滅亡のカウントダウンを受け取ってるわけ?」 先を急ぐ蒼に守が追いすがる。 「そりゃあ、蒼が未知なる知性に選ばれたからさ。蒼は救世主(メシア)なんだ。人類を救う鍵を握っている。そして、その鍵は蒼がどうしても思い出せない夢の中に隠されてるんだ。間違いない。」 蒼は溜息をつくと、守を無視して学校への坂道を駆け上がった。 昼休みのチャイムが鳴って。蒼は思い立って保健室を訪れた。 「開いてるから、適当に入って~。」 ショートカットの似合う快活な永松先生が蒼を迎え入れた。 保健担当の永松先生はたしか、大学時代に心理学を専攻していたはずだ。永松先生なら何か貴重なアドバイスをくれるかもしれない。 永松先生が淹れてくれた紅茶をすすりながら、蒼は説明した。 どうしても思い出せない夢。目覚めとともに頭に鳴る警告の言葉。 蒼の説明を受けた永松先生はしばらく考え込んでから、徐に口を開いた。 「ユングの心理学は知ってる?スイスの古い心理学者。彼の理論に共時性(きょうじせい)っていう概念があるの。全く脈絡のない言葉や事象が、時間や空間を超えて一つの意味に繋がることがあるっていう話なんだけどね。蒼さんの話を聞いてると、なぜだろう、ユングの共時性を連想しちゃうんだよなー。」 蒼の頭は見事に?マークで占められた。 「“世界の消滅”という言葉と関連する何かが私の身に訪れるってことですか?」 「わからない。ただ、身の回りで起こる出来事を注意深く観察するべきだと思う。何か未来の重要な事象と、意味がつながるメッセージが隠されているかもしれない。」 永松先生のスピリチュアルな言葉はさっぱりわからなかったが、“共時性”という言葉が妙に気になった。蒼は放課後に調べてみることにした。 図書室で心理学関連の棚を漁っていると後方から声をかけられた。振り返ると、そこにクラスメイトの沙紀(さき)が立っていて、蒼は心臓が止まりそうになった。 沙紀。孤高の存在。超然としてミステリアス。どの科目のどんな難問も簡単に解いてしまう本当の天才。 同学年にもかかわらず、蒼は沙紀に密かな憧れを抱いていた。 「蒼って、心理学に興味があったんだ。」 「あ、いや、あの、なんというか・・」 緊張してしどろもどろになりながら、蒼は『思い出せない夢』についてだけ沙紀に説明することにした。“世界の消滅”が聞こえるなんて言ったら、きっと呆れられるに決まっている。それだけは何としても避けたかった。 意外にも蒼の話を沙紀は興味深く聞いていた。それから妙に説得力のある言葉を告げた。 「限局性健忘かもね。人はとても恐ろしい体験をすると、その記憶を打ち消してしまう傾向があるんだ。例えば、子供の時に受けたひどい虐待の記憶、強姦された記憶。背負いきれないトラウマが精神を破壊する前に、記憶ごと消去してしまう。一種の防衛機制だね。」 沙紀の知性に圧倒されて、蒼は大げさに頷いて見せた。 「だからね、その夢は思い出さない方がいいかもしれない。」 沙紀が薄い笑みをたたえたので、蒼は耳から煙が出そうなほど赤くなった。
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