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凄まじい轟音が蒼の鼓膜で炸裂する。斜めに傾いた地平線が上下に激しく振動する。
蒼は機体を立て直そうと、全力で操縦桿を操作した。
強烈なGがかかって体中の血液が左半身になだれ込む。
蒼の左目は一気に充血し、フロントガラスの破片が突き刺さった首筋から血潮がほとばしった。
コクピットは蒼の鮮血で赤い濃霧に覆われる。
ヘッドアップディスプレイを確認する。機体はまだ機能を失っていない。
何とか機体を立て直すと、眼下に火を噴き、黒煙を上げる街並みが見えた。
そして、その中を闊歩する玉虫色の鱗に覆われた巨大生物たちも。
中空では仲間の戦闘機が、超高速で発射される鱗に被弾し、次々と撃滅されていく。
長い年月をかけて、周到に準備を進めてきた防衛軍の守備網を、未知の暴力が簡単に破壊し蹂躙していく。
人類が初めて宇宙の彼方にそれを確認したのは25年前。それは計算通りの速度で太陽系に到着した。
母船は地球の大気圏外に留まると、玉虫色の卵を次々と大洋へ送り込んだ。深海で孵化した巨大生物は次々と海面に浮上し、大陸へとなだれ込んだ。
彼らの目的は明らかだった。先発隊による地球文明の根絶。侵略の第一フェーズ。
いかなる迫撃砲も、最新鋭のレーザー砲も巨大生物を覆う鱗を貫くことはできなかった。
そして今、血で濡れた蒼の目に映るのは、悪夢と絶望をかきまぜた混沌の世界だった。
失血により遠のいていく意識の向こうに懐かしい声が聞こえる。
(全く脈絡のない言葉や事象が、時間や空間を超えて一つの意味に繋がることがあるっていう話なんだけどね)
(いいか、現代文はな、諦めなかったら勝機は必ずある!諦めるんじゃねえぞ!)
(切羽詰まったら、尻から攻めろ!)
蒼が赤い目を見開くと、巨大生物の足の付け根に巻き付く長い尾が見えた。
そんだけ長い尾っぽがあるんだから、振り回しなよ。
なんでずっとそこに巻き付けてんだよ。
特定の部位を守ってるみたいにさあ。
(蒼が未知なる知性に選ばれたからさ。蒼は救世主なんだ。人類を救う鍵を握っている)
瞬間、鱗の攻撃が尾翼を貫いて、機体がまたも激しく振動した。
制御を失って旋回しながら落下する。
蒼は力の入らない両腕を操縦桿に巻き付けると、咆哮とともに体をのけ反って引き寄せた。
地上すれすれで衝突を免れた機体は、そのまま低空飛行で加速する。
色を失いつつある蒼の眼前に、巨大生物の足が迫る。
(蒼の夢。きっと叶うよ、だから絶対諦めないで。)
共時性だ。
沙紀が幻影世界を作り、私が体験した意味。
幻影世界で人々が語った言葉の意味。
全ての意味が世界を超えて繋がり、今、まさにこの一点に収斂する。
まるで未知なる知性によって放たれたメッセージのように。
蒼は刹那的に全てを理解した。
そして、視界が巨大生物の尻を捉える。
私は絶対諦めない。
この心臓が停止するまでの残り数十秒、
敵の弱点を必ず看破して未来にバトンを託すよ。
見届けて、沙紀。
コクピットを覆う赤い霧の中で、蒼は笑った。
END
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