98点の男

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大した話もなくすぐにテストを返し始めた。 いつも授業を作業のようにこなしていくタイプの先生だ。 最初に呼ばれた青野を筆頭にテスト結果を見た生徒たちは皆あまりいい顔をしていない。 隣の青野も干からびたよう顔をしている。 奇跡は古文だけだったのか。 そして俺の名前が呼ばれた。 だが結果を見て席に帰ったとき、俺は青野など比じゃないくらい顔が青ざめていたはずだ。 顔の水分が蒸発していく気がした。 もう一度ゆっくり解答用紙の右上を見る。 98点。 また、だ。 何かがおかしい。 だがケアレスミスということもあり得る。 どこを間違えたのか見てみると、最後から二つ目の欄が空欄になっていた。 おかしい。 ここも記号問題の箇所だ。 しかもこの問題は完全に答えが分かっていた。 そもそも日本史は迷ったところすらない。 最後から二番目の問題とはいえ、全く難しくも引っ掛けもない比較的簡単な問題だった。 答えが分かっているのに書き忘れた? いや、あり得ない。 俺はテストが終わって時間が余ったら必ず見直す癖をつけている。 この問題も見直したはずだ。 しかも、空欄で気付かないわけがない。 ということは誰かが俺の回答を消した? だが、何のために? 空欄の解答欄をじっと見たが消しゴムで消したような跡は見当たらない。 だが俺は空欄のまま出すわけがないことは断言できる。 嫌な予感がしたのでさっきはムカついて確認しなかった古文の間違い箇所を見てみる。 ここも記号問題だった。 おかしい。 誰かが俺の筆跡を真似て書き直している。 書き直しに記号問題を選んだのは1文字で書き直しが済むから筆跡が真似やすいからではないか。 そして、この問題も正解の記号を選んだ記憶がある。 どういうことだ? そうなってくると最初の現代文の98点も怪しい気がしてきた。 俺は本来とるはずだった三つの教科の100点は、誰かに解答を書き直されたり消されて98点にされたのか? 誰に? そもそもテストは終了後、後ろの席から前の席へ回していって最後先生に渡している。 俺は一番後ろの席だ。 つまり俺の列の生徒しか俺のテスト用紙に触れることができないはずだ。 同じ列で俺より前の席には五人いるが、俺を特別に嫌ってるやつがいるとは思えないし、テスト結果を気にするようなやつも一番前の席のガリ勉キャラの土屋くらいのものだろう。 しかし彼は一番前の席。 とてもじゃないが先生の目を盗んで俺の回答を書き直したりはできないはずだ。 そもそも今回の日本史のテストで書いたはずの回答は、消した跡がわからないくらい綺麗に消されている。 こんな周りの目がある場所でできるとは思えない。 となると考えられるのは先生しかいない。 しかしこれも疑問が生じる。 それだと現代文の冴島、古文の藤川、日本史の後藤田。 それぞれの先生が俺の100点を阻止したということなる。 百歩譲って一人ならあり得なくもないが、三人共が俺の答案を書き換えたりしたという偶然はあり得ないだろう。 では他に誰が考えられる? テストは終わったら即それぞれの先生の元へ回収されるので、誰かが盗みでもしない限り他の人が書き直す隙はないはずだ。 盗み? そんなリスクを負ってまで俺の100点を阻止する生徒がいるのか? 教室を見渡す。 まず俺の左前方の席にいる春田。 こいつは今回のテストがきっかけで喋るようになった。 むしろ今日までは一言も喋った記憶がない。 そして俺と春田のちょうど間くらいの席にいる吉川。 彼女は元々喋ったことがあってむしろ喋りやすい印象だったが、こと勉強に関してはとてつもない負けん気を感じる。 そして俺の列の一番前の席の土屋。 ガリ勉タイプだが、たぶん成績はそこまで良くない。 彼も何度か喋ったが俺はあまり良い印象はないので、あちらも同じように思っているかもしれない。 職員室から盗んだり忍び込んだりせずに俺の答案を書き換えるチャンスと動機があったのは彼だけだと思うが、やはり一番前の席でやるのは厳しいか。 「おい国林、何ボーッとしてるんだよ。 帰ろうぜ」 そしてこの青野。 「おう、悪い悪い」 席も隣で一番仲が良いやつだ。 さっき、俺の成績に嫉妬してるような言い草をしていたのが気になるが、性格は接しやすいし、勉強はさっぱりだが部活に入っていないのに運動神経は抜群だ。 何か運動系の部活でも入ればいいのにと勧めたことはあるが本人曰く面倒臭いとのこと。 「おい、国林。 女子のバスケ部にモデルみたいな体型の美人の子入ったらしいぞ。しかもハーフ。 ちょっと男子のバスケ入部見学みたいな顔して見に行かね?」 やはりこいつは疑うだけ無駄だろう。 「行かねぇよ。 今噂になってるくらいなんだったら、すぐ行ったらバレバレだろ。  行くんだったら一ヶ月くらい経ってからだな」 「まぁそうだな。 川崎とかも行くらしいから急に男子の見学増えたら怪しまれるだろうしな」 まぁ行かないのはそれもあるが、うちの家にはテストの結果が返ってきたらすぐに報告しないといけないという儀式があるので寄り道してる場合ではない。 ましてや100点取れたと公言した現代文や日本史が98点だったので立場が不利だ。 歩き始めて横を見ると、青野は先程のテストが返ってきたときのような顔をしている。 廊下で担任の冴島先生と日本史の後藤田先生が喋っているのを見た。 珍しい組み合わせだ。 土屋と吉川も何やら真剣な顔で喋っていた。 熱い勉強の話だろうか。 こちらと珍しい組み合わせかと思ったが、彼らは同じ生徒会所属だったはず。 わざわざ放課後にご苦労さまだ。 俺はどこか物足りなさそうな青野と早々に別れて、それぞれ同じような表情で家路についた。
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