聖女は聞いてしまった

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私は勇者様の本音を聞いてしまいました。 明るく優しい勇者様が、いつもと違う暗い声で呟いていた言葉·····これこそが彼の本音に違いありません。 ああ、私は彼にとっても道具でしかなかったのです。 私は道具として、心を持たないままでいるべきだったのです。 そうしたらこんな身を引き裂かれるような痛みを感じずにすんだのに·····。 私を道具として扱いはじめたのは、10年前の国王陛下が始まりでした。 *** 「聖女の癒しの力は、限りある国の資源だ!貴族との駆け引きや交渉材料として使っておるのが分からんのか!!それをお前は、あろう事か貧民街の孤児なぞに、無駄に使いおって·····馬鹿モノが!もう金輪際、この様な勝手な事をせぬよう、しばらく部屋から1歩も出すな!」 父である国王陛下の怒声に、私は身を縮めました。 7歳のある日、聖女の力を使いすぎた私は私室で寝込んでいました。 そんな私の部屋に父がやってきて、開口一番言った言葉がこれです。 地獄耳の私は、部屋を出ていく時に国王が宰相に小声で文句を言っているのも聞いてしまいました。 「まったく·····余計な考えを持たぬよう、言われた事しかやらないように教育しろと言ったはずだ。道具に心は不要だろうが。教育係を罰してやらねばなるまい」 娘ではなく道具として扱う国王の言葉に、私は自分の心がサーッと冷え切って固まっていくのを感じました。 国王が私を忌み嫌う理由は分かっています。 ひとつは、私を産んだ後に産後の肥立ちが悪く最愛の王妃が亡くなってしまったことです。 もうひとつは、7歳のある日、私に聖女の力が芽生えてしまったことです。 聖女の力は癒しの力として尊ばれると共に、忌み嫌われています。 その理由は、この国では聖女の力に覚醒した者が現れてから10年後に、魔王が復活すると言われているからです。 前回、魔王が復活したのはおよそ80年前です。 その時は、平民の少女が聖女の力を覚醒し、神殿で保護されたと言われています。聖女になると髪の毛がピンクブロンドになるので、すぐに分かるのです。 私も普通の茶髪だったのに、7歳の時に突然髪の毛がピンクブロンドに変わってしまい酷く混乱しました。 80年振りの魔王復活に、国王は非常にお忙しくなられ、同時に私への態度はますます冷たくなりました。 第1王子と第2王子がいるから跡取りに困らないというのも、私を蔑ろにする理由かもしれません。国王は第1王子と第2王子を事ある毎に比較して競わせて、優秀な方を次期国王にする予定のようです。 いつしか私の周りには、私を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなってました。 私自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という道具になりきれば辛くないと気づきました。 私の目に映る世界は、ぼんやりモヤがかかったように見えてました。 鏡に映った自分の目はいつも虚ろでした。 何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々が過ぎていきました。 それから10年の月日が流れました、本日は勇者と賢者と魔法使いを決める武闘会の日です。 魔王を撃つのは、勇者と賢者と魔法使いと聖女の4名のパーティでなくてはならないと、昔から決められているそうです。 数百年前の王様が、何千人もの兵士で魔王城がある魔の森に攻め入りましたが、4名以外は入れなかったそうです。 また、聖女が現れてから10年目にならないと魔の森には1歩も入れないという制約もあるそうです。 なので、聖女が現れてから10年目に国中の強者を集めて武闘会を行うのです。 武闘会で1番強かった者が勇者、2番手が賢者、3番手が魔法使いの称号を与えられます。 そして世界で唯一、治癒能力がある聖女を加えた4名でパーティを組み、魔の森に向かうのです。 武闘会の当日は、真っ青の絵の具を塗り込めたような快晴でした。 国王は、数百人の猛者達を集めた会場を見渡して声をはりあげました。 「よくぞ集まってくれた!これから、この国1番の強者を決めてもらう!1番の者には勇者の称号と伝説の剣、そして聖女であるセレナ王女をくれてやろう!」 野太い声で開場中が吠える中、私は飾りたてられて王の隣に連れ出されました。 この頃には、私は道具として扱われる事に何も感じなくなっていました。無表情で虚ろな目をしてる私を、周囲の人は気味悪がっていました。 国1番の力を持つ人が、どんな乱暴な人でも凶悪な性格の人でも、私は道具として嫁ぐのみです。 幼い頃に夢に見た、好きな人と結婚する事は王女として生まれた時点で叶わないとは分かっていました。 トーナメント形式の試合をボーッと眺めていた私ですが、目を惹く人が1人いました。 その人は、私と同じ位の年齢に見えました。 身なりは薄汚れてボサボサの金髪でしたが、整った顔立ちをしていました。生命力に溢れた爛々と光る金の目が、印象的でした。身のこなしは素早く、剣さばきは華麗で、雷の魔法の威力は誰よりも強烈でした。 彼が勝ち上がるにつれ、観客の女性達の声援が大きくなりました。 決勝戦は、金髪の彼と銀髪にメガネの青年との戦いでした。50代までの筋骨隆々な武人も多く参加している中、20代前後の2人が勝ち上がった事に、会場はざわつきました。 銀髪のメガネの青年は、金髪の彼と友人のようで決勝戦中に何度も軽口を交わしている様子がありました。会話内容までは聞こえませんでしたが、とても仲良さげな様子でした。 しかし、銀髪メガネの彼が何かを話した途端、金髪の彼の態度が豹変しました。 憤怒の表情で剣に特大の雷魔法を纏わせ、銀髪の青年に襲いかかり、一瞬で決着がついたのでした。 表彰式で国王は勇者の聖剣を掲げて、金髪の彼に言いました。 「その若さで、よくぞ1位の座を勝ち取った。褒美として、勇者の座と、聖剣、そして王女をくれてやろう!」 金髪の彼は恭しくお辞儀をして剣を受け取りました。そして、彼はすくっと立ち上がり凛々しい声で言いました。 「勇者の拝命と聖剣しかと承りました。王女様については·····お言葉ですが、陛下。王女様にもお心があるかと思いますので·····彼女が俺に心を下さった時に、婚姻を申し込みたく存じます」 彼の言葉に1番動揺したのは、私だと思います。私に心があるかのように振舞ってくれる人はここ何年もいなかったからです。 私は彼の言葉を聞き、胸の中からじわじわ温かいものが溢れてくるのを感じました。 彼の言葉で、まるで私の中で凍っていた心が、息を吹き返したかのようです。 この時から私には霞みがかって見えていた世界が、急に鮮明に見え始めました。 そうして、勇者ライズ様と銀髪メガネの賢者ハン様、そして魔法使いターニャさんとの魔王討伐の旅が始まったのです。 ターニャさんは黒いフードを深くかぶった魔法使いなのですが、出発の日にその可愛らしい声を聞いて初めて女性だと気づきました。 武闘会で黒いフードを被って、身軽な動きと攻撃力の高い火魔法を使っていた魔法使いさん。次々に対戦相手を倒していった様子を見ていた私は、魔法使いさんが女性だった事にとても驚きました。 出発の朝、こざっぱりとして身綺麗な服装を着た勇者様は、キラキラと輝いてみえました。 陽の光をうけ、金髪が煌めいてるからかも知れません。 勇者様は荷物とは別に、謎の袋を持っていました。 賢者ハン様が、勇者様に問いかけました。 「ライズ。その袋の中身って、まさか·····」 「そのまさか、だよ。この袋の中身はアリスさんお手製の肉団子の山だ」 「東洋の昔話に出てくる『きびだんご』!?」 「お前のツッコミは知的レベルが高すぎて、分かりにくいんだよ!ハンみたいに図書館の本を全部読破してる奴は他にいないんだから、もっと分かりやすくツッコめよ!『食いしん坊か!』とかでいいんだよ」 「ライズにツッコミ講座を受ける気はないですよ!·····にしても肉団子ですか·····アリスさんの肉団子は美味しいんですが·····肉団子を片手に闘う勇者ですか·····っていうか、袋から肉汁が垂れてきてますよ!」 「もし魔の森ではぐれても、この肉汁を辿れば俺にたどり着けるぞ」 「ヘンゼルとグレーテル!?」 「お前の喩えツッコミ、童話に偏りすぎてると思うんだが」 勇者様と賢者様は幼馴染みとの事で、とても仲良さげに戯れあっています。ターニャさんもお二人の会話に吹き出しています。 私も勇者様と賢者様の話に、数十年ぶりに笑ってしまいました。 私が笑った様子を見てから、勇者様は事ある毎にボケて私を笑わそうとしてくるようになりました。 「聖女様この顔を見てください」と言われて振り向くと勇者様が変顔をしていたり·····。 勇者様がなにか真剣に考え込んでいると思えば····· 「思いつきました!『ワイバーンは、ワイがバーンと倒した』というのはどうでしょうか?」と真面目な顔で親父ギャグを言ってきたり·····といった具合です。 99%スベってましたが、無表情の私から必死に表情を引き出そうとしてくれている事が分かり、彼がボケる度に私は心に温かいものが生じるようになりました。 そんなボケまくる勇者様に、賢者様が注意をします。 「国の命運をかけた魔王討伐の旅なのですから、もう少し真面目にやってくださいよ」 「えー魔の森までまだ距離あるんだから、ずっと緊張し続けてても仕方ないだろ?アリスさんも言ってただろ?『メリハリが大事』って!俺はやる時はやる男だよ。なんと言っても勇者だからね、俺は」 「まぁ、まったく笑えないギャグを躊躇なく聖女様に披露する、その勇気は勇者だと思いますよ。真のアホ勇者です」 「なんだと!アホ勇者って言うな、バカ賢者!くそー、今に見てろよ!爆笑王に俺はなる!」 「いやいや、これから魔王討伐に行く勇者が、何を目指してるんですか」 「うるさい!知的メガネが!」 「貶してるみたいに言ってますが、『知的メガネ』は褒め言葉ですよ?」 「うるさい!この·····素敵メガネが!」 「いやいや、『素敵メガネ』って、完全に褒め言葉ですよ、それ。え?褒めてます?照れますね」 賢者様と勇者様のやり取りに、私は思わずまた笑ってしまいました。 笑いながらも、私はお二人の会話に度々出てくる『アリスさん』という存在に、心が少し苦しくなっていました。 出立に見送りに来てくれていた街の人々、特に女性達から勇者様と賢者様の人気は高く、黄色い声が上がっていました。 アリスさんという方は、勇者様の身を案じて肉団子を持たせるような間柄ということです。 ·····もしかしたら、恋人なのかも知れません。 だから、私との婚姻を避けるべく、王からの話を、私の心を理由にすぐには受けず、婉曲に断ったのかもしれません·····そう思うと胸がモヤモヤと苦しくなってきました。 勇者様の言葉に私の心が息を吹き返したその日から、楽しくなったり、苦しくなったり私の心は忙しいです。 魔の森に入ってからしばらくしても、危なげなく皆様が魔獣を倒し旅は順調に進みました。 賢者様が氷魔法の結界で私を守って下さり、勇者様と魔法使いのターニャさんが敵を瞬殺します。 私が自分の身を守れない不甲斐なさで、賢者様に謝ると、「私は攻撃魔法って苦手なんですよ。なので、聖女様を護るために結界魔法を使うという名目で攻撃に参加しないでいられるのは実はとても助かっているのですよ」と賢者様は優しく言って下さりました。 勇者様もターニャさんもとても強いので、今のところかすり傷の治療位でしかお役に立てておらず、その点にも申し訳なく思っていました。 勇者様とターニャさんが大怪我しないで、私の出番がないのは良いことです。ですが、私が怪我の治療だけでなく魔力回復や体力回復などの魔法も使えればもっと役に立てたのにと、悔しい思いも感じました。過去の聖女の中にはそういった力も使えた聖女もいると言われています。 すると勇者様は「聖女様のお姿が目に入るだけで、力が漲ってくるので充分です」と言って下さったのでした。 ある時、賢者様はターニャさんに言いました。 「ターニャ、熱くなってきましたし、もうそのフードコートを脱いでも良いと思いますよ。セレナ様は差別するような人ではないと思いますし·····」 「ウチも、セレナはそんな人ではないとは分かってるよ、ハン!·····けど、これを脱ぐのには勇気がいるんだよ!」 「私としてはその可愛い姿を早く見たいから、早く脱いで欲しいのですが·····」 「うるさい変態!黙れバカ!!変態ばか賢者!」 「痛いですよ!ターニャ、照れ隠しはもうちょっと、力加減をお願いしますよ」 ターニャさんは照れながら、賢者ハン様をポカポカ殴っています。賢者様は、にやけながらターニャさんに殴られてます。 旅をしているうちに、お二人はどうやら恋仲なのだと、鈍い私も流石に気づきました。 ターニャさんと賢者様の様子を私が微笑ましく眺めていると、ターニャさんが私に近寄ってきてオズオズとフードコートを脱ぎました。 すると肩上で切りそろえられたオレンジ色の髪からネコ耳がぴょこんと飛び出し、シュルリと尻尾がお尻のあたりから出てきました。 私は、ターニャさんがこの国で迫害されている獣人であることに驚きました。私は目を見開くと同時に、思わず口から「可愛いっ!」と漏らしてしまいました。 すると、ターニャさんは嬉しそうに尻尾をパタパタと揺らしたのでした。 その事があってから、ターニャさんとの距離が縮まりました。 お話を聞くとターニャさんも、昔からお二人の知り合いだそうです。なんでも、勇者様と賢者様のお師匠様は獣人族の村の守り人だそうです。 そして、ターニャさんは賢者様に誘われて、武闘会に参加したとの事です。 魔王討伐後には国の祭典が毎回行われるので、そこで獣人であることを明かして、この国の獣人差別を取り除くきっかけを作れればと考えているとのお話でした。 しっかり意思や目標を持ち努力する皆さんが、言われたことをただ道具としてこなしてきた私には眩しく見えました。 ターニャさんは、料理も上手です、洗濯もとても手際よくこなします。そして、いつも何をするのも楽しそうです。 ターニャさんに教えてもらい、しばらく経つ頃には、私もなんとか包丁を使えるようになってきました。 「今日で、肉団子は最後だよ。氷魔法で凍らせといとから日持ちして良かった·····あちゃー、ライズの奴が肉団子振り回して魔獣と闘ってたから、もうボロボロだ。今日の夕飯は、そぼろスープにするかねー」 私も野菜を刻んで、料理を手伝いました。 料理ができると、ターニャさんが小鍋を片手に言いました。 「肉団子がボロボロだったので、そぼろスープにしたよ。綺麗に切れてる野菜はセレナが切ったんだよー」 私がスープをよそうと、ホカホカと湯気がたつスープを受け取りながら、勇者様と賢者様は顔をほころばせます。 勇者様は熱々のスープの野菜を口いっぱいに頬張りながら、言いました。 「聖女ひゃまが切った野菜、とても美味しいでひゅ!」 「口に食べ物を詰め込んだ状態で、喋るな!」 勇者様は、賢者様に叩かれていました。 皆に対してはタメ口で明るく話す勇者様ですが、私に対してはいつも丁寧語で話しかけて下さります。 勇者様はいつも森の道で、私の足元が危なくないように声かけして下さります。私が歩きやすいように、草木を切り開いてくれます。 ですが、不自然なくらい、私には接触しないように気をつけているようです。 この前私が木の根につまづき転びそうになった所を、すぐ隣にいた勇者様はあえて風魔法で受け止めて下さりました。 「勇者様は風魔法も使えたのですね」と、私が驚いて言うと、勇者様は「今習得しました」と冗談をおっしゃりました。 私も魔法について学んだので知ってますが、魔法は自分の特性以外の習得はとても困難です。 自分の特性魔法は通常1種類で、それ以外の魔法を使うにはその分子構造式を頭で組み上げなくてはいけないので、10年以上の修練が必要になるのが通常なのです。勇者様は雷の特性のはずなので、風魔法を会得されるためには大変な苦労をなさったはずです。 それにしても、勇者様は異様なくらい私には指一本も触れようとしません。一緒に旅をしていたらお皿の受け渡しや、ちょっとしたきっかけで指が触れ合うくらいは普通あるはずです。 いえ、決してやましい思いから触れ合いたいと思ってる訳ではなく·····ターニャさんとも賢者様とも普通に旅していれば、ぶつかったりで触れ合う瞬間はあるのです。 ですが、勇者様からは徹底して避けられてる気がします。 私は、その事にいつしか寂しいと感じるようになっていました。 勇者様が徹底して私に触れようとしないのは、勇者様の心がアリスさんにあるからなのかもしれません·····。 「アリスさんの肉団子も、これで食べ納めかぁ·····肉団子というかもはや、ミンチだけど」 勇者様がしみじみと言ったのに、賢者様が返します。 「ミンチになったのは、ライズが凍らせた肉団子で小ゴブリンをぶっ叩いたせいですよ」 「いやぁ、まさか肉団子で敵を倒せるとは思わなかったよ」 「右手に勇者の剣で大ゴブリンを切り裂きつつ、左手で凍った肉団子の袋ぶん回して小ゴブリン倒してたのは、なかなか見事でしたよ。さすが真のアホ勇者ですね」 「アホ勇者って言うな、バカ賢者!にしても、魔王討伐から帰ったら、またアリスさんの肉団子食いたいなぁ·····」 しみじみと勇者様が呟くので、私は思わず言ってしまいました。 「勇者様は、アリスさんに今すぐ会いたいですか?」 変なことを聞いてしまったと、自分の発言に後悔している私をよそに、勇者様は「うーん」と悩みながら言いました。 「うーん、確かにアリスさんはいつ亡くなるか分からない身なので心配ではありますが·····ですが魔王を倒さずに帰ったら、アリスさんはたぶん魔王より怖いと思うので·····今は会いたくないです」 「いつ亡くなるか分からない·····まさか、アリスさんは、病を患っていらっしゃるのですか?」 私の脳内では『勇者様と一緒にいたいという自分の想いより、民のために勇者様が魔王討伐に行く事を優先させる儚げ美少女』のアリスさん像が出来上がってました。 私の脳内で、アリスさんが涙ながらに肉団子を渡し、勇者の出立を見送ってます。 そんな光景を思い描いていると、賢者様が笑いだしました。 「聖女様は、だいぶ若いアリスさんを想像してるみたいですが、実際はこの国で最高齢の97歳のおばあちゃんですよ。僕達より長生きしそうなくらい異様に元気な人なので、心配いらないですよ」 「97歳!?」 私の脳内で出来上がっていた、悲劇のアリスさん像がガラガラと崩壊していきました。 「アリスさんは、僕とライズが住んでる家の大家さんです。『アリスばあちゃん』って言うと、しばかれるので、『アリスさん』って言わされてるのですよ。まぁ、僕とライズの帰りを心から待っててくれてるのはアリスさんと師匠くらいかもしれませんね·····僕とライズは師匠の元で修行ばっかりしてたので、ほとんど知り合いはいませんし」 賢者様の言葉で、私の心に巣食っていたモヤモヤが晴れていくのを感じました。 私は安心すると共に、途端に眠気を感じました。 聖女の力の反動なのか、癒しの力を使うと夜が更けると気を失うように寝てしまうのです。 幸い、魔獣達も何故か夜遅くには襲ってこないので、私が寝てしまってもパーティには迷惑をかけずにすんでいます。 私が先に眠らせてもらう旨を伝えると、勇者様も賢者様もターニャさんも笑顔で「おやすみ」と言ってくれました。 空を見上げると、澄み切った夜空に満点の星がキラキラと瞬いてました。 私はこのメンバーで旅に出られた幸運に感謝しながら眠りにつきました。 翌朝、料理の準備をしながらターニャさんが、私に小声で言いました。勇者様と賢者様は、先の道の探索に行っています。 「セレナ、例の肉団子のアリスさんに実はちょっと嫉妬してた?」 「な、な、な、な、何をおっしゃりますかっ!」 「ふふふ、ウチはこう見えてセレナよりだいぶ年上なのよ。年の功と女の勘で、セレナがライズに恋してることはお見通しだよ!」 「こ、こ、こ、こ、恋!?いえ、私は、そんな!」 私は動転して包丁を持ったまま、振り回してしまいました。 「まあまあ、落ち着いて!恋するのも、嫉妬するのも心がある証拠だよ。心があることは恥ずかしいことではないよ、むしろ素敵なことだよ」 ターニャさんの言葉に、自分を振り返ると確かに私はアリスさんに嫉妬してたようです。 そして、アリスさんが勇者様の恋愛対象ではなかった事に、心から安堵したのも事実です。 私は自分が勇者様に恋していた事に気づくと共に、顔が火照ってしまいました。 「ウチがセレナの恋愛相談に乗ってあげるよ」 私は頼もしいターニャさんに、意を決して悩み相談する事にしました。 「勇者様が私にだけ敬語で、少し壁があるように感じるのが寂しいです。勇者様はターニャさんの事は呼び捨ての名前呼びなのに、私のことは『聖女様』と呼ぶので、それが少し寂しいです·····」 ターニャに悩みを伝えながらも、私はこの国の一大事の魔王討伐の最中になんて下らない事を考えているのだと、自分が恥ずかしくなってきました。 そんな私を、馬鹿にせずターニャさんは言ってくれました。 「ライズが『聖女様』って呼ぶのは、セレナがライズのことを『勇者様』って呼ぶからだと思うよ。セレナが『ライズ』って呼んで、自分の気持ちを伝えたら、ライズも同じように応えてくれると思うんだけどね」 私がターニャさんの言葉になるほどと頷いていると、勇者様と賢者様が駆け戻ってきました。 「魔王城を見つけました!魔王城の結界が破れ始めていますので、一刻の猶予もないです!今すぐ討伐に向かいます!」 私達は慌ただしく装備を用意して、魔王城に向かいました。 結界が破られると、私達が魔王城に入れる状況になる反面、魔獣も魔の森から解き放たれます。そして王都を襲い始めるので、一刻も早く魔王を倒す必要があります。 近くの村ではなく何故か王都を襲うのは、人が密集している場所を魔獣が察知するからとも言われていますが、真相は謎です。 魔王が倒されると、王都を襲っていた魔獣達は魔王城に帰り、倒された魔王の破片を集め復活させます。倒された時にどのくらい損傷していたかにより、復活の頻度が変わるのです。 今回は80年振りなので、前回の討伐時に魔王の損傷が少なかったと言うことです。 結界を抜けると、空は暗雲が立ち込めており、急に目の前に禍々しい黒いオーラを纏った魔王城が待ち構えていました。 私達は、何百という群がる魔獣を討伐しながら魔王城の中を進みました。勇者様の剣技とターニャさんの魔法で、バッタバッタと魔獣を倒していきます。 無駄のなく洗練された動きですが、魔王城を進むにつれて、シルバーウルフやケルベロスなどのとても強い魔獣が出てくるようになりました。シルバーウルフは特に群れで襲ってくるので、対応が困難です。 賢者様は私に結界魔法を張りながらも、攻撃にも参戦するようになりました。 勇者様も賢者様もターニャさんも、多勢に無勢で怪我することも多くなってきました。その度に私が聖女の力で癒します。 魔王城に入って何時間·····いえ、何日経った頃でしょうか、私が皆さんに数百回目の全体治癒をかけた頃、とうとう最奥の魔王の扉の前まで辿り着きました。 しかし、勇者様も賢者様もターニャさんも魔獣の返り血と自分の血でボロボロで、息も絶え絶えの状況です。 賢者様は結界魔法を使う力がもう残ってないとのことで、結界も解かれている状況です。 私の魔力も、底をつきかけているようで、目の前がかすみ意識が朦朧として、立っているのがやっとの状態です。 もうあと1回致命傷を治癒したら、私は力つきるのでしょう。 私は力を使い果たした事が1度もなかったので、そうしたらどうなってしまうか分かりません。もしかしたら、力を使い果たしたら死んでしまうのかも知れません·····。 魔王の扉を前にして、『この扉を開けたら生きて帰れないかもしれない』と皆が思っているのを感じました。 ターニャさんが言いました。 「ヤバい、魔力がもう無い」 賢者様も言いました。 「僕もほとんど魔力ないです。あ、僕がもし死んでしまったら、描ける人がこの場にいなくなってしまうので、転移の魔法陣は描いておかねばですね。この魔方陣に乗れば王都に転移できます」 賢者様はそう言いながら難しい魔法陣を描きはじめました。 転移魔方陣は非常に難易度が高く、描ける人は国に数人いるかどうかなので、賢者様の能力の高さに改めて驚かされていました。 賢者様は、描き終えて転移陣を起動させると言いました。 「もろもろ立て直したいですが、王都に今にも魔獣が襲いかかってること考えると悠長な事は言ってられないですね·····国防軍がしっかり機能していれば持ち応えてくれてるはずですが·····王位継承権を巡る兄弟間の抗争がまだ勃発してない事を祈ります」 賢者様の言う通りで、国王が病で最近寝込みがちになり、王位継承権を巡る兄弟間の抗争まで秒読みとも言われてました。ただ、それは王族と一部の臣下だけの秘密にされていた事のはずです。 賢者様が王族の秘密を知っている事に驚きつつも、私は『自分は道具だから自分の意思で動けない』と言い訳して、抗争に発展するような事態になるまで実の兄達の間を取り持って来なかった自分を恥ずかしく思いました。 「俺も、流石にもう、なんか力がでないわ·····まぁ、元から命懸けと覚悟していた旅だ!最期のひと踏ん張りといこうか!」 勇者様が血だらけの顔で爽やかに微笑み、皆を見渡して言いました。 その時、勇者様の大きな声に反応したのか血溜まりに倒れ伏していた、シルバーウルフがぴくりと動きました。そして、次の瞬間には1番近くにいた私に向かってシルバーウルフが襲いかかってきました。 鋭い牙が眼前に迫ってきた時、勇者様が私の前に立ち塞がりました。 シルバーウルフの牙が勇者様の右肩から心臓にかけて食い込みます。 勇者様はうめき声ひとつ漏らさず、左手に持ち替えた剣でシルバーウルフの頭を2つに一刀両断したあと、崩れるように倒れました。 私はとっさに勇者様を抱きとめて、体中の魔力をかき集めて、勇者様の傷口に治癒魔法をかけました。 ピンク色の光が勇者様の傷口を塞いでいくのを目にしながら、激しい耳鳴りと頭痛で私は意識が薄らいでいくのを感じました。 姿勢を保てず倒れた私を今度は完治した勇者様が、抱きかかえてくれました。 勇者様が回復して良かったと、心から思いました。 それと同時に魔王と戦った後には、もう勇者様に二度と会えなくなるかもしれないという恐怖を感じました。 私は意識を手放す前に、自分の想いをなんとか伝えたいという強い衝動にかられ、声を絞り出しました。 「わ、私は·····勇者様········いえ、ライズ様のことを·····お慕いしております·····」 私の震える掠れた声は、なんとか勇者様に届いた様で、彼は目を見開いて驚いていました。 金色の目をまん丸にした勇者様が、幼く可愛らしく見えて、私は思わず微笑んでしまいました。 そして、次の瞬間には私は意識を手放してしまったのでした。 *** 目を開けると、そこは見知った天蓋付きのベッドの上でした。 呆然と上半身を起こした私に、気づいた侍女のリサが駆け寄ってきます。王の意向を気にして私の意志を無視する侍女ばかりの中、リサは唯一信頼出来る侍女です。 魔王討伐は全て夢だったかのように、遠い出来事に感じます。 水や食事などを、用意しながら侍女のリサが状況を説明してくれました。 あれからなんと私は、1ヶ月も眠り続けていたそうです。その割にはまったく体が衰弱しておらず驚きました。 また、鏡を見て、ここ10年慣れ親しんだピンクブロンドが茶髪に変わっていることに驚きました。そして、聖女の力が体にまったく残ってない事にも気づきました。 リサの話によると勇者様達は、あの後無事に魔王を倒せたそうです。 あの絶望的な状況からどのようにして倒せたのか聞きましたが、リサは何故か言葉を濁しました。 とにかく、魔王はチリひとつ残さず殲滅出来たとの事です。 魔獣達は通常、魔王を倒すと魔王復活のために力を集めるためか魔王城に戻ってきます。 しかし今回はチリも残さず一瞬で魔王を殲滅してしまった為に、イレギュラーが起こったそうです。 自分の身の振り方が分からなくなった数匹の魔獣が、王都を襲ったそうです。国防軍が正常に機能していれば、数匹の魔獣は倒せたはずでした。 しかしこんな緊急時に、何を考えていたのか兄である王子達が国防軍を第1王子派と第2王子派の二手に分けて次期国王の座を争い戦ってしまっていたそうです。 結果、国民は守られずに危機的状況に陥っていたそうです。 そこに駆けつけたのが、勇者ライズ様と賢者ハン様と、魔法使いターニャさんだったそうです。 気を失って眠り続けている私を王宮に送り届けて、彼らは魔獣を殲滅しに行ったそうです。 そうして、彼らが最後の魔獣1匹を倒し全てが片付く頃。 なんと、第1王子と第2王子の抗争は2人が相打ちし双方亡くなるという形で決着がついたとのことです。 あまりの話と、大変な事態に意識を失っていて役立てなかった自分の不甲斐なさに、私は愕然としました。 王子達の国葬はもう済んでいるとのことです。 私はあまりの事態をまだ飲み込めないままに、リサに聞きました。 「今、勇者様と賢者様とターニャさんはどこに?皆さんはご無事ですか?」 リサの答えの前にノック音がして、宰相の息子のサイード様が私の部屋にやってきました。 サイード様は甘いマスクで高身長の黒髪の20代後半の方です。何故かまだ妻を娶らないので、王宮で1番モテていらっしゃる方です。 女慣れしていらっしゃるせいか、人との距離感が異様に近く、無駄に人に触れてくる上にいつも嘘くさい笑顔なので、私は少し苦手にしていました。 「セレナ、目を覚ましたか!聖女の証であるピンクブロンドでは無くなってしまったのは残念!」 そう言って、サイード様は私の髪をひと房取りました。私が嫌そうに眉をひそめると、サイード様は少し驚いた表情で、髪を手放して言いました。 「セレナが感情を表すとは、珍しいな。茶髪ってことは、もう聖女の力は使えないって事かな?通常は魔力って時間が経てば回復するけど·····なんとか力を戻す方法はないのかな?今、この国ってすごく混乱してるんだよね。貴族や他国との駆け引きや交渉材料として、すごく使えるから聖女の力を、戻して欲しいんだよ。魔王討伐なんかにちょっと使いすぎてしまったね。勿体ない·····」 サイード様はそう言いながら、私の頭をポンポンと叩いたので、私はその手を払いのけました。 ふつふつと私の中から、怒りが湧いてきました。 「『魔王討伐なんか』ですって!勇者様と賢者様とターニャさんの命懸けの頑張りを、軽んじるような発言は許せません!·····あと、言っておきますが、私は道具ではありません!」 私がそう言い放つと、サイード様は憐れむかのような目線を向けてきました。 「君が信頼している勇者が1番、君の事を道具として利用しようとしてる事に気づいてないんだね。可哀想に·····。箱入り王女様をたらし込むのは、簡単だったようだね。まさか、もう手を出されてるとか?」 「勇者様は、そんな方ではありません!」 私の言葉に、サイード様は肩を竦めてため息をつきます。 まるで、私が勇者様に騙されていることに気づいていないかのような態度です。 私の心に一抹の不安が、黒いモヤとなってかかり始めました。 「まぁいいや。この国の暗い空気を払拭したいから、ちょうど魔王討伐を祝した国の祭典を数時間後に行う予定なんだよ。体調が大丈夫で用意が間に合うなら、出ればいいよ。勇者に会わせてあげるよ。本当は勇者だけを参加させる予定だったが·····まぁ、人の本性を学ぶいい機会だろう。用意が間に合うなら、参加してもいいよ」 サイード様は鼻持ちならならない方ではありましたが、今までこんなに偉そうだったことは無かったです。彼が変わった背景には、何かがあると私は薄々察しました。 サイード様の提案に乗るのは癪に触りましたが、せっかくライズ様に会える機会との事で、私は急いで用意をする事にしました。 *** リサに手伝ってもらい急いで用意しましたが、さすがに用意は整わずライズ様は既に出発されてるのを、後から馬車で追う形になりました。 広場には国民が大勢集まっており、広場の中心の壇上にライズ様と国王陛下と宰相様とサイード様がいました。 ライズ様は目の下に深いクマがあり、とてもやつれているように見えました。 くたびれた表情に反してボサボサだった金髪はオールバックになでつけられ、服装は貴族のような豪奢な服装です。 私が馬車から降りて、勇者様に駆け寄ろうとした時、突如広場に集まった人々から怒声が上がりました。 「あいつは、英雄ではない!」 「勇者は仲間の命も踏み台にして、名誉を手に入れた最低の奴だ!」 複数名の青年が、ライズ様を取り囲み糾弾したのです。 周囲に集まっていた人もざわめき、徐々にその話が広まっていきました。 「仲間は賢者と魔法使いだったかしら·····たしかに、ここにいないわ!死んでしまったからなのね·····名誉の為に仲間の命を犠牲にするなんてひどいわ····」 あんなにも信頼し合って仲良かった皆さんを何も知らない方々が、批判するのはとても許しがたく、私は腸が煮えくり返っていました。 私は広場の人々の声に反論するために、ドレスなのも構わず壇上に駆け上がろうとしました。 そんな私を見て、父である国王がひどく苦々しい表情を作りました。また、きっと「道具は心を持つな」と内心思っているに違いありません。 私の心に怯えが生じ、隠れてしまいたい衝動に駆られ足を止めました。 しかし、今はそれよりもこの場に広がったバッシングの嵐を何とかしなくてはなりません。『ライズ様を助けたい』、その一心で私は震える足で壇上に上がり大声で叫びました。 「·····勇者様は、誰より仲間を大切にしてました!皆さんと共に魔王討伐へ行った私が証明します!勇者様は絶対に、仲間を見捨てない方です!お願いです!信じてください!」 私の声にライズ様は振り向きました。 「目を覚ましたのですね·····よかった·····」 ライズ様は私の姿をみて、心底ほっとしている様子でした。ライズ様は何日も徹夜したかのような深いクマで、やつれた表情でしたが、微笑んでくれました。私はライズ様のそのやつれた様子から、賢者様とターニャさんの身に何か良くないことがあったのでは·····と心配になりはじめました。 リサは賢者様もターニャさんも、王都での魔獣討伐に参加したと言ってました。だから、生きてるはず·····でも、お二人がここにいないのは·····もしかして、魔王討伐や魔獣討伐時の負傷で死んでしまった!?だとしたら、不甲斐なくも気を失ってしまい、治癒してあげられなかった私のせいだ····· そんな後悔の念に苛まれている私に近寄ってきた勇者様は、いつもの明るい感じで言いました。 「怒ってくれて、ありがとうございます。でも、2人はそろそろ来るはずなので安心してください。ほら、あそこを見て下さい」 私が勇者様の指さす方を振り返ると、壇上の隣に見覚えのある魔法陣が浮き上がりました。 そしてそこから疲れた様子の賢者様とフードを深く被ったターニャさんが、姿を表したのでした。 「ターニャさん!賢者様!ご無事ですか!よかったです!!」 私が安堵で込み上げてくるものを堪えながら言うと、賢者様とターニャさんは駆け寄ってきてくれました。 賢者様はいつもの軽い感じで、勇者様に話しかけました。 「いやぁ、ライズが無茶振りするから、死ぬかと思いましたよ」 「でも、やり遂げてくれたんだろ?」 「ええ。証拠はバッチリですよ」 勇者ライズ様と賢者ハン様はハイタッチして、喜びあっています。 ターニャさんは追突するような勢いで、私に抱きつきました。 「よかった!セレナ、目を覚ましたんだね!本当によかった!·····って、そうだ!最後の総仕上げしないとね!ハン、補助魔法よろしく!」 そう言うと、ターニャさんと賢者様は私と勇者様から数歩離れたところに立ち、空に向かって手をかざしました。 すると、青空に映像魔法が展開されました。 映像魔法は転移魔法に並ぶ、高度魔法です。 ある一族にしか使えない御業と言われていましたが、獣人族にしか使えないものだったのだと、この時はじめて知りました。 映像魔法は術者が見聞きしたものしか、映し出さないものです。なので内容の偽証が出来ない一番信頼出来る証拠として、国の裁判などで使われるものです。 広場の人々も呆気に取られ見上げる中、空一面に巨大なスクリーンが立ちあがり、ある映像が映し出されました。 「あれ?映ってるのは隣国の国王と、その隣にいるのは宰相の息子のサイード様じゃねぇか!」 青年のその言葉に、広場は再びざわめきに包まれました。 映像と共に大音量で、隣国の国王とサイード様がワインを片手に語り合う姿が再生されはじめました。 スクリーン上の隣国の国王は下卑た顔でニヤニヤ笑いながら、サイード様に話しかけました。 「まさか、賢者と魔法使いを我が国の地下牢に幽閉するとはな。お前の国の貴重な戦力だろう?国王としてその判断でいいのか?」 「まだ私は国王ではありませんよ。まぁ、お陰様でもうすぐですけどね。王子2人を戦わせて双方暗殺するのは上手くいったので、あとは私が王女を娶れば完了します·····あと少しです」 サイード様がそう言いながら、すました顔でワインを飲むと、隣国の国王は赤ら顔でガハハと笑った。 「それにしても、勇者も幽閉してしまえば、よかったではないか?」 「魔王討伐をした彼の力は本物です。武闘会の決勝戦で勇者の力を目の当たりにして、彼には力では勝てないと分かったので、作戦を変えました。国民を利用して彼を貶めて、王女と結婚する事がないように仕向けますよ。武闘会で国王が王女を娶らせると言い出した時には焦りましたが、勇者があの場で受け入れなくて助かりました」 サイード様の報告に、隣国の国王はまたガハハと腹を抱えて笑いました。 「ガッハッハッ!憐れだな!第1王子と第2王子は死に、相打ちして国防軍は弱体化、よく国の体裁を保ててると褒めたくなるよ。今までは魔の森という厄介なものを抱えた国だったからどこも手を出さなかったが、魔王が討伐された今、すぐに侵略されるぞ。まぁ、お前の国はろくな産業もなく土地も痩せてて魅力が少ないから、どこも手を出さない可能性もあるが·····お前が国王になり次第、我が国が属国にして、奴隷の確保先にでもしてやるよ。お前には我が国の上位貴族の爵位をやろう」 「ありがとうございます!」 隣国の国王はワイングラスを回しながら言います。 「勇者め。私が、あの時こちらの国に寝返るように言った時に大人しく従っていれば良いものを·····『せっかくですが、お断りします。俺、母国が好きなんで、すみません』などと言いおって、馬鹿なヤツだ。勇者と言えども相手が『国民の悪意』という剣で倒せない敵では、太刀打ち出来まい、ガハッハッハ」 隣国の国王の笑い声と共に、映像はプツンと切れました。 広場はシーンと静まりかえっています。 慌てて逃げようとしたサイード様を、宰相が手首を捻りあげて捕まえました。そして、父である国王が疲れた声で「サイードを捕らえろ」と指示を出すと、国防軍にすぐに取り押さえられ引っ立てられて行ったのでした。 暫くして、広場にて一人、また一人と国民が『勇者様バンザイ!』と叫び始めました。 仕舞いには『勇者様バンザイ!』というコールが広場中で叫ばれはじめたのです。 感極まって、ライズ様を振り向いた私はギョッとして固まってしまいました。 ライズ様はなぜか見たこともないほど、暗い目をしていたのです。にこやかな表情で国民へ手を振っていますが、目だけは笑っていませんでした。 そして、勇者様が暗い声で独り言を呟いたのを、地獄耳の私は聞いてしまいました。 「ふふふ·····。これで、やっと次期国王の座は俺のものだ·····」 今で聞いたことがないほどのライズ様の低い暗い声を聞き、私は悟りました。 ああ、これが勇者様の本音なのだと·····。 ライズ様にとっても、私は次期国王になるための王女という駒のひとつに過ぎないのだと·····。 明るく優しい勇者様が、いつもと違う暗い声で呟いていた言葉·····これこそが彼の本音に違いありません。 次期国王の座を欲して、兄2人は争いあい殺し合い、サイード様は隣国に寝返った程ですもの·····次期国王の座というのは、とても魅力的なものなのでしょう。 私には分からないですが、男性にとっては権力というのは何よりも大事なものなのですね·····きっと。 サイード様が言っていた「君が信頼している勇者が1番、君の事を道具として利用しようとしてる事に気づいてないんだね。可哀想に·····」という言葉が思い出されます。 ああ、ライズ様にとっても私は道具でしかなかったのです。 私は道具として、心を持たないままでいるべきだったのです。 そうしたらこんな身を引き裂かれるような痛みを感じずにすんだのに·····。 ライズ様が私を王女として利用しているのだとしても、彼と結婚したいと思っている自分がいます。 ライズ様の役に立てるならば、王女という身分でよかったとさえも思います·····それほどまでに、いつの間にか私はライズ様に惚れてしまってました。 私と同じ『好き』という感情を、ライズ様が返してくれる日は一生無いのかも知れません·····隣にいられるならばそれでいいです。でも、やっぱり悲しいです。身を引き裂かれるような心地がするほど、悲しいです。 そう言えば私は、気を失う前にライズ様に告白したのでした·····ライズ様はどう思ったのでしょう?扱いやすい駒が手に入ったと思ったのでしょうか?そんな方ではないと思ってます。·····でも今となっては何を信じていいのか分かりません····· そんな事を考えているうちに、いつの間にか祭典は終わり、促されるままに王宮の自室に帰ってきていました。 私がぼんやりしているとフードを深く被ったターニャさんが、自室へ訪ねてきてくれました。 「セレナ、祭典の途中から顔色真っ青だったけど大丈夫??」 ターニャさんの、優しい声に私は思わず本音を吐露してしまいました。 「私は·····私は、陛下の言う通り道具として、心を持たないままでいれば良かったです·····そしたらこんな胸の痛みを感じずに済んだのです·····」 私の言葉にターニャさんは、眉根を下げました。 「分からないけど、何かとても悲しいことがあったんだね。ウチも昔、心なんか無ければいいのにって思った事あるよ」 ターニャさんはその暖かい手で、冷え切った私の手を握って続きを話してくれました。 「昔フードを被らないで王都に行ってしまったことがあって、めちゃくちゃ虐められたんだよね。家に帰ってから母さんに『心なんか無ければ、こんなに悲しくならずに済むのに』って言ったんだよ、そしたら『私達は楽しむ為に生きてるのよ、心が無ければ楽しむ事も出来ないわ』って言われたんだよね。セレナは私達と旅してどうだった?」 私はターニャさんの言葉に、ハッとしました。 皆さんとの楽しい会話·····皆さんとの温かい食事·····信頼し合って戦う日々·····満たされた気分で見上げた満点の星空が思い出されました。 「大変な事も多かったですが·····楽しかったです。·····生まれてからこれまでの中で、一番楽しい日々でした·····」 私の言葉に、ターニャさんはニッコリ微笑んでくれました。 「心があるから、楽しめるんだよ。苦しくなると逃げたくなるけど、絶対に楽しい事もこの先待ってるはずだから·····だから、心は捨てないで欲しいな。·····にしても、誰がセレナをそんなに悲しませたのか教えて欲しいな·····私が火魔法で消し炭にしてくるから」 ターニャさんの物騒な言葉に、私は思わずクスリと笑ってしまいました。 心に余裕が出てきたのか、私はターニャさんがフードを深く被っている事が気になりだしました。 「そう言えば、ターニャさんは、国の祭典でフードをとって獣人族の差別を無くす働きかけをするとおっしゃってましたが·····」 ターニャさんはすると、なんでもない様に言いました。 「あー、それね。気にしてくれてありがとう。でも、もういいんだ。っていうか、一族のみんなに止められた『仕事がやりにくくなるから、お願いだから、余計なことすんな!』ってさ。獣人族って映像魔法を唯一使えるから、国で保護されてたんだよね。その特別扱いが、差別に繋がったみたいなんだけど·····少し壁があるくらいの方が、映像魔法の秘密を守るためにはちょうどいいらしい·····って、それはともかくセレナを悲しませた原因を教えてよ!」 私はようやく、ターニャさんにこれまでの経緯を話し始めました。ターニャさんは私の話を最後まで静かに聞き終えると、「あんの、腹黒ヘタレアホ勇者様が!」と、叫びました。 『ヘタレアホ』という謎の言葉に、私が首を傾げてるとターニャさんは、私の手をむんずと掴んで、自室の外に連れ出したのです。 慌てる侍女達や護衛へもターニャさんは「セレナの為だから、行かせて!私より強い護衛がいるなら、着いてきてもいいけど」と言って、ずんずん進んでいきます。 「何処へ行くのですか?ターニャさん!」 「ライズはまだ国王と話し中だから、とりあえずハンの所に行く!」 「賢者様の所へ?なぜですか?」 「セレナに、見てもらうのが1番早いから!」 私は状況を理解できないまま、小走りでターニャさんについて行きます。 どうやら、ターニャさんと賢者様は王宮の客室に部屋が用意されているようです。 賢者様の部屋に着くなり、ノックもせずにバーンとターニャさんは扉を開け放ちました。 すると、机で書き物をしていた賢者様が顔を上げて言いました。 「ターニャが、ノックをせずに入ってくるということは、緊急事態ですね。何がありましたか?」 「ハン、あの腹黒ヘタレアホ勇者をなんとかして!」 ターニャさんはそう言うなり、私が話した内容を賢者様に伝えました。 賢者様は話を聞くなり、深くため息をつき言いました。 「腹黒一途ヘタレドアホ勇者ですね·····一番大切な人を悲しませるとは····」 私は賢者様の言葉に首を傾げ、言いました。 「一番大切·····?勇者様は私の事は別にお好きではないかと思いますが·····」 私の言葉に、賢者様もターニャさんも目が点になりました。それから、賢者様は腑に落ちた様に言いました。 「ああ、セレナ様は、あの時気を失ってたから聞いてないのか·····僕もターニャも各国で魔王討伐の証拠として再生して回って耳にタコだったから、すっかり失念していたよ·····」 そういうなり、ターニャさんと賢者様は私の前に小規模な映像魔法を出してくれました。 映像魔法には見覚えのある、禍々しい扉が映し出されました。忘れもしない、魔王の部屋の扉です。 「うおおぉぉぉぉお!」という雄々しい掛け声と共に、放電しているライズ様が颯爽と扉を開け放ち、魔王部屋に駆け込む姿が映し出されます。 部屋には黒い三本の捻れた角を持つ、禍々しい巨体の魔王がいました。魔王が口を開きます。 「我が魔王だ·····。よく来たな勇者よ····だが、お前はここで死·····」 魔王が話している途中であるにも関わらず、ライズ様は「うおぉぉお、幸せすぎて力が漲る!!!セレナ様が世界で一番大大大大大好きだぁああああああああぁぁぁ!!!」という掛け声と共に極大の眩い雷を纏わせた聖剣を振り下ろしました。 ライズ様の渾身の一撃による激しい放電熱に焼かれて、塵一つ残らず魔王が消されていく様子を最後に映像はプツンと切れました。 私は顔に熱が集まってくるのを感じました。きっと私の顔は真っ赤になっていると思います。 「ライズ様が、私を好いて下さってたなんて·····信じられない·····です。でも、なら何故·····ライズ様は不自然なくらい私と触れないように気をつけたりしたのでしょうか·····」 賢者様とターニャさんは苦笑いして、顔を見合わせました。 ターニャさんが呆れた口調で賢者様に言いました。 「ライズからは、秘密にするように言われていたけど·····もう、いいよね」 「そうですね、誤解させて悲しませたライズが完全に悪いです。徹底的に暴露してやりましょう」 そう言うと、2人は再度私に別の映像魔法を見せてくれたのでした。 それは魔王討伐の旅の夜の映像でした。どうやら、私が寝てしまった後に焚き火を囲んで勇者様と賢者様とターニャさんが話している映像のようです。 勇者様が真剣な表情で、口を開きます。 「聖女様マジで可愛すぎる。近寄るとめっちゃいい匂いする。なんなの?天使なの?女神なの?ああ、愛しすぎる。こんなの誰もが、好きにならずにいられないよ。おい、ハン!お前、聖女様に惚れたらマジでぶっ殺すからな!そういや、武闘会の決勝戦で『僕も聖女様に興味が出てきました』って俺に耳打ちしたの、本気じゃないだろうな?」 「あれは、ライズの力を引き出すための方便ですよ。国の重鎮にライズの本気の力を見せておいた方が良い気がしましたのでね。僕は猫耳がない人には興味ありませんよ」 画像が動揺した様に揺れます。映像魔法は、どうやらターニャさんの目線で見聞きした内容が、再現されるようです、 「うわぁ、キモイ!変態賢者!」 「キモイ変態勇者には言われたくないですね」 賢者様の言葉に、ライズ様は急に落ち込んだ様になりました。 「そうだよな。一方的に好かれるのは気持ち悪いよな。絶対に気づかれないようにしないと·····ハン、ターニャ!一生のお願いだ!俺が聖女様のことを大好きすぎることは、バラさないでくれ!好きな人に気持ち悪がられるのは、本当に落ち込むから·····10年前から俺が聖女様に惚れていた事がバレたら、絶対にドン引きされる」 ライズ様が頭を下げるのを、賢者様は仕方ないなぁといった表情で見ています 「10年前に聖女様に命を救って頂いた事を、お礼を言いたいのですが·····仕方ないですね。ヘタレ勇者のお願いを聞いてやりましょう」 ターニャさんは言いました。 「セレナは、ライズの事、嫌いではないと思うよ」 勇者様は挙動不審に手をバタバタさせながら言いました。 「やめてくれ、そういう誘惑させるような事を言うのは!俺、毎日邪念を払い指一本触れないように、努力してるんだから。好きでもない人に、触れられるのって絶対に嫌だろうから、めっちゃ俺頑張ってるんだから」 賢者様は笑いながら言いました。 「転びそうになった聖女様を助けるために、一瞬で風魔法習得してたのは、驚きを通り越して笑いましたよ。本当にライズは、聖女様が絡むとチート能力発揮しますよね」 ターニャさんも笑いながら言います。 「ウチもあれは驚きを通り越して、呆れたよ。それにしても、そんなに好きなら、武闘会で王様が聖女様を嫁にって言ってくれた時に全力で食いつけば良かったのに!」 勇者様は、いじいじと指をこねながら言います。 「俺は聖女様の心に惚れたから、聖女様の心を取りもどして、俺に心を預けてくれた時に結婚するって決めてるんだよ!」 ターニャさんは、心配そうに言いました。 「確かに、魔王討伐の旅に出発したばかりの頃は、セレナは人形みたいに無表情で、心配だったけど·····今はアホの笑えないギャグの連発のお陰で生気がちょっと戻ってきたみたいだよね。10年前はどうだったの?」 勇者様は、遠い目をして思い出しているようです。 「今でも鮮明に思い出せるよ、10年前俺達がまだ孤児だった頃、金稼ごうとして失敗して、ハンが瀕死の重症を負わされて·····『誰か助けてくれ』って何度も叫んだけど、薄汚い孤児の俺達の事は皆が無視して·····もうダメだと思った時に、聖女様が来てくれたんだよ。一瞬、本当に天使かと思ったけど、違うんだ。ただの怖がりの7歳の少女だったんだ。顔面蒼白で震えていたんだ、それでも治癒しに来てくれたんだよ。護衛達にも『そんな貧民街の孤児に近寄らないでください!病をもらいます!それにその重症は、まだ治癒魔法を身につけたばかりの貴方には治すのは無理です!下手したら死にますよ!国王にも激怒されます!』なんて止められていたのに、『孤児でもこの国の民です。私のこの治癒の力は国民を守るためにあるんです』なんて震える声で言って、俺たちに駆け寄ってハンに震える手で治癒魔法をかけてくれたんだ。難しい治癒だったんだろうな、大汗かきながら治癒魔法をかけてくれて、ハンの傷が塞がると共に聖女様は気を失ったように倒れてしまって·····慌てた衛兵たちに連れ去られてしまって·····俺は、その聖女様の心に惚れたんだ。怖くて堪らなくても、自分の信念を守るために一歩踏み出す勇気とその優しさを、あの幼さで持っていた彼女の心に惚れたんだ·····俺は10年間、彼女への思いを支えに、師匠の元で修行に励み勇者にようやくなったんだよ·····彼女を守るために勇者になったんだ!·····でも、久しぶりに見た聖女様は自分の心の在処が分からなくなっているみたいだった·····だから、彼女の心を取り戻すために、俺はアホになったんだ」 「いや、ライズがアホなのは元からだろ」 「いや、ライズがアホなのは元からですよ」 賢者様とターニャさんのツッコミと共に、映像魔法が途切れました。 私は目からボロボロと涙が流れてくるのを止められませんでした。ここ10年は泣いてなかったせいか、涙の止め方が分からず次から次へと涙が流れてきます。 不要だと言われ、蔑ろにされて、私自身も見失っていた私の心を、ライズ様は大事に思って下さっていたんだ·····そう思うと嬉しくて涙が止まらないのです。 「セレナのそれは、嬉し涙だね?いいよ、たんとお泣き。でも、王女様なのだから鼻水は拭きなよ」 ターニャさんがハンカチを差し出してくれたので、私は泣きながら受け取りました。 するとそこに、ノックの音がして「ハン、開けていいか?」と、勇者様の声がしました。 ターニャさんと賢者様はギョッとして顔を見合わせました。 「ライズは5日くらい徹夜してるので、絶対に正常な判断が今できないですよ。嬉し涙だと説明する前に、セレナ様を泣かせたという罪で、問答無用で僕達に雷魔法を放ちかねないですね」 賢者様の言葉に、ターニャさんは頷くと、泣き続ける私の手をとってクローゼットの中に連れていきます。 ターニャさんと私が、クローゼットの扉を締めると同時に、ライズ様が部屋に入ってきたようです。 ライズ様が疲れた声で言います。 「聞いてくれよ、ハン!あの国王ホント嫌になる!国王のやつ言ってたよな『王子達がいなくなった今、王女の伴侶になるということは、次期国王になることを意味する。国王は魔法の力だけあってもなれぬ。こうなった今、宰相の息子などに王女を嫁がせるのが良いと考えている。それをどうにかしたくば、国民と文官たちから認められる存在となれ。もしそのような存在になれたのなら、王女との婚姻も考えてやろう』って!偉そうに言ってたよな!?」 ライズ様のその言葉に、私はまた涙が溢れてきました。私と婚姻するために、次期国王になろうと頑張っていたからこそ、祭典でライズ様はあのように言ったのだとようやく分かりました。 賢者様は、ライズ様をなだめながら言います。 「文官たちに認めて貰えるように、僕が渡した200冊近い書物を徹夜で読み込んで、7つくらい政策を考えて、文官たちに発表したんですよね?」 「ああ、5日くらい徹夜して必死に考えたのを発表してきたよ。だけど、文官たちから『この国の国王はお飾りですから、余計なことはしなくていいですよ』って言われたんだよ。俺の頑張りがぁー!」 賢者様はやれやれと言った口調で言います。 「ライズは諜報員の仕事を、僕とターニャに押し付けて、修行に明け暮れてばかりいましたもんね。文官たちと顔見知りになれなかったのは。自業自得ですね。先代国王が、息子の出来の悪さに心配して、国王がアホでも国が回るような仕組みを作ったのは、ライズも知ってるでしょう。惜しくも先代国王が国防軍を動かす権利については、王族に残したまま死んでしまったから、今回みたいな王子の抗争が起きてしまいましたが·····この国の文官達の人事権も査定権も国王や宰相には与えられておらず、俺達の師匠の諜報員統括長に委ねられてることくらい、ライズも知ってるでしょう。宰相の息子は、文官試験にも諜報員試験にも落ちて、権力を持てない立場にしかなれない現状が嫌で、この国を隣国に売ろうとしたんだろうな·····」 私はクローゼットの中で、驚きのあまり涙が止まってました。まさかライズ様も賢者様もターニャさんも諜報員だったとは、驚愕です。 先代国王が組織した諜報員のお陰で、この国は成り立っていることには王族教育で知ってはいました。まさか皆さんが、エリート揃いと言われる諜報員の一員だったとは·····驚きと共に妙に納得しました。 ライズ様は明るい声で言いました。 「施策はほとんど貶されたけど、この国に魔法大学をつくることと、魔の森の魔石回収には賛同してもらえたよ。ちなみに隣国をぶっ倒すのは却下された。今回得た隣国の弱みを縦に、資金を搾り取れる限り搾り取るってさ。いやぁ、ホントこの国の文官たちって優秀だよな。『この国の宝は、文官ですよ!王子達が抗争し、国防軍が壊滅的なのにこの国が比較的平和にいられるのは、やるべき業務を粛々とやっていてくれた文官の方達のお陰です!』って思わず叫んできたら、急に仲良くしてくれるようになったよ」 賢者様は、ライズ様の肩を労うように叩きながら言いました。 「その様子なら、文官の支持も大丈夫そうです。なら、国王の言っていた婚姻の条件満たしたのではないですか?」 「それが、国王が急に『王女自身の口から、お前を愛していると言う言葉を聞かない限りは婚姻を認められない』などと言い出したんだよ!誰よりもセレナ様の心を蔑ろにしてきた張本人が、今更!本当に腹立つ!あー、セレナ様にそんなお願いできない·····マジでどうしよう·····」 ライズ様の言葉に、クローゼットを出ようか迷っていると、隣のターニャさんが「心のままに行動していいよ」と背中を押してくれました。 私はいてもたってもいられず、クローゼットから飛び出して叫びました。 「ライズ様を愛しています!心から愛しています!国王の前でも、誰の前でも、私が宣言します!」 そう言って私はライズ様に、タックルする勢いで抱きつきました。 危なげなく一歩もよろけることなく受け止めてくれたライズ様は惚けた顔です。 「え?天使が急に現れた?セレナ様の幻覚が見えるんですけど。5日間徹夜すると、素敵な幻覚が見えるようになるんだなー」 そんな事を言っていたライズ様も、暫く経つと現実だと分かってきたようです。 賢者様に「現実ですよ、アホ勇者」と言われると、急にライズ様は耳まで顔を真っ赤にしたので、私はライズ様が愛おしくてまた抱きしめてしまったのでした。 *** それから何十年もの時が流れました。 数日間、寝込み続けている私の枕元で、ライズ元国王が呟いている言葉を私は聞いてしまいました。目も開けられず、声も出せない病状の私ですが、彼は私の横に頻繁に来ては、取り留めのない話をして行くのでした。 「先日、俺達の曾孫が産まれたんだが、綺麗な茶髪でセレナの面影があったよ。絶対にセレナに似た美人になるなありゃ。俺達の息子もそろそろ引退して、孫のロイが王位を次ぐらしいぞ。そういやこの前、久しぶりにハンに会ったよ。奴も諜報員統括長を退いて、今は大学理事長のみの仕事のはずだが、『ライズが仕事を押し付けるせいで忙しくてターニャとの世界一周旅行に行けない』って文句を言われたよ。それにしても、寝てるセレナは美しいなぁ。起きてるセレナも美しいけど。増えていくシワの1本1本まで美しいからなぁ·····歳を増す事に美しくなる。本当に美しさが留まる所を知らない·····あ、こんな事、言ってるの聞かれると孫のケーシィにまた『じいじの愛が重すぎてドン引き·····受け入れてるばあばの心の広さマジ凄い』って言われるな。気をつけねば·····」 つぶやきというには長すぎる彼の独白を聞き、私は微笑みながら二度と醒めない長い眠りについたのでした。 〜おしまい〜
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