First Take

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First Take

「あのさぁ……オレらさぁ……もう別れん?」 「はぁ? 何、急に……」  七歳年下のイケメン俳優である河原(かわはら)悠斗(ゆうと)が、その綺麗な眉を寄せた。  相も変わらず美しいその顔に、思わず溜め息が出そうになるのをぐっと堪える。  震える息を細く吐き出してから、動揺を悟られないようにそっと息を吸ったオレ――城戸(きど)和樹(かずき)――を真っ直ぐ見つめたままの悠斗の視線から、不自然にならないようにゆっくり目を逸らした。 「いやぁ……オレもさ? 考えたんだよね、色々。……なんてーか、……やっぱバレたら終わりじゃん? こないだみたいにさ、誤魔化せたらいいけどさ……。フツーのスキャンダルと違ってさ……今後の影響とか考えたらさ……マジ芸能人生の終わりっつーか……。……なんつーか、そんな怖い思いまでしてさ、付き合ってるメリットもねぇっつーか……」 「……カズキって、そういうこと考える人でしたっけ?」 「……何が?」 「付き合うのに、メリットとか考えるような人でしたっけ?」 「……え? 考えるよ? 何それ。オレのことバカだと思ってた?」 「…………いや、もっとなんていうか……。……いや、いいです。……カズキは……ホントに別れたいんですよね?」  相変わらずの真っ直ぐな目が、オレをじっと見つめている。真剣勝負のつもりで負けじと見つめ返して、震えそうになる声をなんとかいつも通りを装って投げた。 「別れたいよ」 「…………。そうですか、分かりました。……じゃあ」 「じゃあって……」 「別れたいんですよね?」 「…………そう、だけど……そんなアッサリ……」 「……オレにどうしろと?」 「……だってさ。そんなアッサリ受け入れられたらさ……なんてーか……オレらってそんな程度だったのかなとか……。……。いや、まぁ、……いいのか。別れんだし……」 「そういうことです。それじゃあ」 「……うん」  去っていく後ろ姿が見えなくなるまで呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。  約三年も付き合っていたと言うのに、こんなにもアッサリ終わるような関係だったのかと、泣くに泣けない。 『人気俳優 河原悠斗、男と手繋ぎデート!? お相手は俳優の城戸和樹』  なんて言う見出しを載せた週刊誌が売り出されると分かった日、オレのマネージャーも悠斗のマネージャーも真っ青な顔をしていた。二人の関係はお互いのマネージャーしか知らなかったのだから、そのパニックは計り知れなかっただろうことは理解している。  多様性の時代だなんだと世の中は少しずつ解禁モードで、同性同士の付き合いをカミングアウトする芸能人もいるにはいるが、まだまだマイノリティだ。  そもそも悠斗は業界きっての大手事務所一押しの俳優で、相手が女であれ男であれスキャンダル自体が望ましくない、というのが事務所の意向らしい。  双方の事務所のお偉いさん同士が話し合った末、『手を繋いだのではなく手を引いただけ』という苦しい言い訳でお茶を濁してワイドショーネタに蹴りをつけてもらえるように、悠斗の事務所からコメントを発表してもらった。オレの所属する事務所と違って大手事務所である悠斗の事務所からの発表となれば、業界もあまりを口を出しづらかろうと狙ったものだったが、見事その通りになってひとまずは沈静化出来た。  ホッとしたのも束の間、今度は悠斗のマネージャーから呼び出しを食らったのだ。どうか悠斗と別れてください、力及ばず本当に申し訳ないと、十歳近く年が上のその人に頭を下げられては食い下がることも出来なかった。  そんな経緯でオレから別れを切り出したというのに、何かを問い質すこともせず、ただアッサリと別れを受け入れてくれ(やがっ)た。  もしかしてもしかしたなら、何かを察してくれたのかもしれないが、それにしたって酷かろう。  その夜の酒はまずくてまずくて――とんと記憶にない。 「……ちょっと、何その顔……。飲み過ぎは厳禁だっていつも言ってるのに! どうすんのそのむくみ!」  最初は迎えの車中から電話で起こしてくれるだけだったはずなのに、オレの反応があまりに悪いことに痺れを切らして部屋まで迎えに来てくれたマネージャーが、オレの顔を見るなり眉を吊り上げた。 「……すんません」 「もうね、役者になって何年目!? わかってるよね、二十歳(ハタチ)やそこらのお酒の飲み方も知らないような子供じゃないんだから!」 「…………ごもっともです……」  机の上でガタガタとうるさく鳴るスマホのバイブレーションで目を覚ましたら、ビールの空き缶やら飲み慣れない――悠斗とっておきのワインボトルが散乱していた。自分で空けたはずなのに全く記憶になくて逆に笑えてしまった、だなんて。言ったら更に怒られるだろうから黙っておくことにする。 「とにかく! さっさと顔洗って着替えて! 遅刻しちゃうよ!?」 「ふぁ~い」 「返事はハイ!」 「は~い」  三十にもなってマネージャーに朝からしこたま怒られながら身支度を整えるなんて、情けないにもほどがある。  しょんぼりと肩を落としながら、とりあえず顔を洗うべく洗面所に入る。 「……おわっ、ホントにすげぇむくんでんね」  鏡に映った自分の顔を見て、何かを誤魔化すべくわざとらしいほど驚いた声で笑ってみせたのに、マネージャーは急に申し訳なさそうな声を出した。 「……カズ」 「んー?」 「……ごめんね。全部、押し付けるみたいになって」 「……いーよ。しゃーねぇじゃん、そんなん。……大丈夫よ。アイツ、むちゃくちゃアッサリ受け入れてくれやがってさー。オレの? 努力? っつーかなんつーかさ……すげぇ普通っぽく頑張って別れを切り出した努力、いっっっさい無駄だったもんね。ちょーぉうアッサリだった。……アイツ、ホントにオレのこと好きだったんかね……元はといえばさぁ……、……」  ――アイツの方から告白してきたはずなのにな。  皆まで言わずとも付き合いの長いマネージャーなら分かっていてくれるだろうと、笑って見せながら言葉を濁す。  十五歳の時にスカウトされてこの業界に足を踏み入れてから早十五年。代表作といえる作品もあるにはあるが、あまり華やかな経歴とはいえないオレ。  それに比べて、()彼氏であった悠斗はと言えば、十八の時にまさかの映画主演でデビューを飾り、その年の新人賞を総なめするようなまさしくスターと呼ばれる逸材だ。  大事に大事にされている悠斗が、まさか泣かず飛ばずのイチ俳優、しかも同性と付き合っているとなれば事務所も捨て置くわけにはいかなかったのだろう。こればかりはもう、仕方なかったのだと諦めて受け入れるしかない。 「……そんな感じだったからヤケ酒しちった。ごめんね。ホント、こんな飲むつもりじゃなかったんだよ?」  むくんだ顔をムニムニと両手で揉み解しながら言えば、失礼なまでに大きく吹き出したマネージャーが、だけどもう一度真摯な声で謝ってくれた。 「ごめんね。全部背負わせて」 「…………全然」 「ありがとう」 「ん」
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