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「危ない!」
突然、そんな大声が周囲に響き渡りました。
「……っ!?」
その声にA君がハッとして足を止めると、不意に目と鼻の先を車が猛スピードで駆け抜けて行くんです。
びっくりしながら辺りを覗えば、いつの間にか街はいつも通りに戻っていて、人も車も普通に往来しているし、ガヤガヤとうるさく街の音も聞こえてるんですね。
「……え? ……どういうことだ? ……さっきのはいったい……」
車にはねられそうになったショックに心臓をドキドキさせながら、唖然とA君はキョロキョロ周りを見回します。
「ねえ、ほんとどうしちゃったの?」
「ど、どうしたって、さっきまで人も車も……」
そんな彼を心配そうな顔で見つめ、尋ねてくるB子さんにA君が逆に訊き返すと、B子さん、怪訝そうに眉をひそめて、こう答えるんですね。
突然、A君が無言で黙々と歩き出し、いくら声をかけても聞こえない様子でこの大通りまで来たんだけど、赤信号なのに車の行き交う道路へ歩き出そうとしたんで、慌てて大声をあげて彼を止めたんだと。
そうなんです。この見慣れた夜の景色が、あの人も車もいない奇妙な街に見えていたのはA君だけだったんですね。
それに「もう少し、もう少し…と答えてたじゃないか?」と反論しても、B子さん、そんなこと一言も言ってないっていうんです。
じゃあ、A君にずっとそう言っていたのはいったい誰なのか?
もう少し、もう少し…と言うあの声に促され、彼は車の見えない大通りへ歩み出して危うく轢かれるところだったんです。とても善意からのものとは思えません。
その事実に気づき、改めてゾっと背中が冷たくなるA君の耳元で、「チッ…」と女性の舌打ちする音が聞こえたんだそうです……。
一連の出来事を振り返ってみると、やっぱりあの廃トンネルで見た女性の霊を連れて来てしまったんじゃないか? 轢き逃げされて命を落とした彼女の霊が、取り憑いたA君も道連れにしようとあんな幻覚を見せたんじゃないか? ……そう考えたA君は、翌日、B子さんと一緒に車ごとお祓いを受けに行ったそうです。
(もう少し、もう少し…。 了)
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