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「母がくやしがったこと」
ゴム会社のそばに居た頃は大正三年頃の事と思ふ。
世の中がとても不景気のどんぞこだったらう、失業者があふれてた。
父はテレヤなのに兄をつれて氷の屋タイを引いて商いをしたが少しも売れず生活はどんなに困ったことだらう。
母は麻つなぎの内職をして居たがそんなものではおかずも買へない。
そんなまずしい家へ伯父親子が居そうらうに来た。
伯父は丈夫な体をしてるので車夫を始めた。
(父も伯父も硝子ビンを作る職人であった)不景気で工場がつぶれてしまったのだ。
車夫はどうやら金になるので、居そうらうの分ざいで、ぜいたくをして居る。私の父は働きがないので魚も食べられないのだ。
私が又、魚がなければ居られないほど好きなのだ。
ある時、伯父がおいしそうに酒をのみながら、おなべをかかへて魚を食べて居るのを、私が三、四才の頃だったからぢーっと食べたそうに見て居たそうだ。すると伯父は身をきれいに食べて骨だけになった魚のなべを私の前につき出して「よしのくいしんぼう 骨でもしゃぶれ」と言ったそうだ。
そばに母が居てどんなにくやしかった事だらう。どんなにつらかったらう。
私が十才の時、家では職人五、六人を使って硝子工場を始めた。
その頃、伯父も私の家へ働きに来た。
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