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この冬、私は転職活動をして入社した会社を3ヵ月で辞めた。昨日のことだ。
朝、目が覚めると、いつもより布団が冷たく感じた。代わりに何故か無性に朝日を浴びたくなる。カーテンを払いのけて冷えきった窓の鍵を開けると、澄んだ空気が顔を通り過ぎていった。
前までは全てが私を苦しめていた。布団の暖かさ、眩しい朝日、冷たい窓の鍵、肌を刺すような外の空気。全部が嫌いだったのだ。しばらく、窓から行き交う人たちを見てぼうっとしていたが、妹から今すぐファミレスに来て会ってほしいと連絡が入る。私はすぐにパーカーに袖を通し、足早に家を出た。いつもとは違う道を通って。
「辞めたんだってね、仕事」
妹はオレンジジュースの入ったグラスを何度もかき混ぜながら言った。
「みんな心配してるよ。急に辞めたっていうからさあ。これからどうするの? お金は大丈夫なの? 実家には戻らないの?」
グラスの氷はぐるぐると休まることなく回る。私は深刻な顔でグラスをかき混ぜる妹が滑稽に見えた。思わず口から笑いが漏れる。
「ちょっと、何笑ってんの? 辞めるなら辞めるでさあ、次を決めないと……」
妹はかき混ぜる手を更に早める。私はその手を押さえて言った。
「それ、今全部言わないと駄目? まだいいでしょう」
一瞬、妹の周りだけ音が消えたようになった。怒っているのか悲しいのかわからない妹の表情。そんな顔を尻目に、私は早朝のファミレスは意外と混んでいるのにやけに静かに感じるな、とぼんやり考えたりしていた。
「だ、だから、これからどうするのかをちゃんと説明して、計画的にやらないと駄目じゃん」
ハッとしたように、妹は声を荒げた。私は立ち上がって答える。
「計画したくないの、今は。 お金も大丈夫だから、まあいいじゃない。 あ、ちょっとドリンクバー行ってくるね」
妹の顔は見なかった。大体想像できたから。
カプチーノを片手に席に戻ると、そこに妹の姿はなく、千円札だけが無造作にテーブルの上に置かれていた。私は席に着くとカプチーノの泡に口をつけながら千円札を眺めた。
ミルクの泡が舌の中に消えていく。朝、外でゆっくり飲むカプチーノはなんて美味しいのだろう。もう少しだけ、こうしていたいと思えるこの瞬間。
「……いつか、君にもわかるよ」
この美味しさも、この気持ちもわからないことが1番なんだけどね、と付け加えると、なんだか泣けて仕方なかった。
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