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文係長さっきから電話鳴ってますけど大丈夫ですか?」
仕事に集中していたせいで全く気づかなかった。確認するように胸に手を当てると確かに小さく振動している。
「本当だな」
作業着の胸ポケットからスマホを取り出して画面を見ると電話は親父からだった。
眉間に皺を寄せた顔で画面を見ていると、俺に気を使ったのか部下の綾部が「僕、席外しましょうか」と訪ねてくる。
俺は直ぐに「いや大丈夫」と言ってスマホをタップして電話を切った。
「本当に出なくて良かったんですか?お父さんからですよね?」
「あぁどうせまた下らない説教だから」
「舞文係長って確か父子家庭でしたよね?」
「綾部!」
「はい」
「とりあえず仕事しようか」
作業が終わり親父に電話した。
コール音が数回聞こえたあとしゃがれた声がスマホから聞こえる。
『もしもし』
『あぁ親父?昼間電話したよね?なんだった?』
『そうだったか?』
『用ないなら切るよ』
『あ……』
『なに?』
『旅行……来てくれるか?』
姉貴の提案で親父を連れて温泉旅行に行こうという話しになっていたのだ。
『……ああ。行くよ』
『そうか』
『それだけ?用がないなら切るよ』
そう言うと俺は電話を切ろうとスマホから耳を離した。すると何か声が聞こえたきがしたが、聞こえないフリをして電話を切る。
スマホの画面を暫く見た。
親父は脳に大きな腫瘍ができて余命一年と宣告されている。だが俺は素直に悲しむ事が出来なかった。親父と俺の間にはあることをきっかけに大きな壁が出来ていたのだ。
でも……それは違ったんだ。
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