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皮ふの上を這う名前の分からない虫を追い払う気にも喰う気にもならず、樋口はただ黙ってうなだれていた。口のなかはカラカラで、汗も出なければ尿も出ない。樹々が生い茂っているというのに、それすら無視したような猛烈な陽射しが、頭上から容赦なく肌を刺す。……こんなに暑いところなのか、ガダルカナルは。
――八月七日に米軍が日本軍の飛行場を攻めた、その翌月。
樋口らが飛行場奪還のため上陸部隊として出撃を命じられたのは、場所も名前も、ましてや気候も知らないような島、ガダルカナル島だった。樋口と同じく出撃を命じられた同期の有明も、ずいぶんと戸惑っていた。
「ガダルカナル?」
「そもそもどこにあるんだ」
樋口が思わずつぶやくと、有明は怪訝な顔で答えた。
「樋口、おれに言うな。聞いたこともない」
何も知らないその島での戦いは、上官によればたやすいものだという。「ガダルカナルのみならず、対岸のツラギ島も攻めていいか」と、出撃の前日、指揮官の一木大佐がそう言ったのを樋口は聞いた。
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