【左注 とある貴公子の歌】

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【左注 とある貴公子の歌】

 これは記憶。  初めて会った日のこと。  何度季節を数えただろう。途中から数えるのはやめた。  あの日、私は全てを失った。ほんの一瞬のうちに、何もかも失った。愛する人も、家族も、友人も、全て。  違う。  私も失われた者のうちの一つ。失われたのは、私の方。  これが孤独なのだと知った。手元に残ったのは内容の分からない紙切れだった。持っているのだから自分のものなのだろうが、全く覚えがない。大切なものだった、はずなのだが……。  自分が幽霊とかいう不可思議な存在になっていると知った時、正直戸惑った。鳥辺野の近くで目を覚ました時、私の体は物に触れられなくなっていた。訳が分からなくなり近くを通りかかった人に助けを求めたが、無視されてしまった。この上等な束帯を纏う私を無視するとは失礼な庶民だな。でも何かがおかしい。少しして、変なのは自分なのだと気が付いた。  十五夜の日、何があったのか。どうしてこんなことになっているのか。平安京をうろついているうちにあの日の出来事を思い出して、怖くなった私はすぐに京を離れた。死んだ場所に長居なんてしたくなかった。いるだけで凄惨な光景が頭に浮かび続けて最悪だった。  終わらない孤独な日々を過ごし続けて千年近く経った頃、一休みしようとしてとある公園に立ち寄った。歩き回っても眠らなくても疲れなどなかったが、動き続けることは本能的な何かが拒否するので適当な間隔で休息を取ることにしていた。夜間に休むことで時間を忘れないようにしたかったのかもしれない。  公園のブランコに少女が一人座っていた。柵の傍に鞄が放られている。少女の表情は暗く、酷く落ち込んでいるようだった。心配になったので私は少しの間少女の傍にいてあげることにした。たとえ目に見えない幽霊であっても、独り言の相手くらいにはなれるだろう。  私が歩み寄ると、少女ははっとしてこちらを見た。バッチリと目が合ったような気がしたが気のせいだろう。私の姿など見えるわけがないのだから。しかし、私が動くと少女は私のことを目で追って来た。隣のブランコに腰かけた私のことを驚いた様子で見つめている。  まさか見えているのか。いやいや、そんなわけ……。 「な、汝……」 「それ、座れてないでしょ。ブランコが動いていない。空気椅子?」 「み……見えるのか、私の姿が」 「見える。霊媒師だから。変なことしようとしたら祓うけど……私に何か用事?」  公園の街灯と月明かりの下で、少女の黒髪が青く光を散らした。綺麗な髪だ。このようなものを濡羽色の髪と言うのだろう。 「ものすごく落ち込んでいるようだったから気になってな」 「まあ、色々あってね」  ぽつりぽつりと少女は語り出した。学校であったこと、家であったこと。何もやる気になれなくてここで時間を潰しているらしい。
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