【左注 とある貴公子の歌】

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 自分以外の幽霊に接触したことがあった。彼らは皆、私よりも新しい時代の生まれだというのに私よりも早く消えてしまった。覚えていないが、未練はあったのかもしれない。だが、それは私をこの世に縛るには弱い。私を幽霊足らしめ、この世に引き留め続けているのは私自身の霊力だった。何もしなければ力尽きて成仏するのはまだまだ先だろう、と霊能力者に言われたことがある。力を行使し続ければ消えるぞ、とも言われたが自決はちょっと怖くてできない。やれるのならばもうやっている。行くところもないのに、やりたいこともないのに、私は幽霊であり続ける。  ずっと彷徨っていた。迷子だったのだと思う。  この少女に付いて行けば、何か変わるだろうか。暗闇で泣いていた迷子の前に、優しい手が差し伸べられたかのようだった。 「汝と共に行けば、良いことがあるだろうか」 「それはどうかな。先のことは分からないから。でも、一人よりは二人の方が困った時どうにかできるんじゃないかな」 「私は……。私は、頭左大弁藤原宣忠という」 「宣忠さん?」 「あっ。待て、待て待て。さすがに名で呼ばれるのはな……。しかし、今はもう左大弁の仕事もしていないし……。そうだな、凪鶴。凪鶴と呼んでほしい」 「凪鶴、さん」 「汝は?」  少女はにこりと笑った。 「私は雨夜煌羽」 「煌羽……。煌羽か。……よし。決めた。決めたぞ。雨夜煌羽、この凪鶴、汝と共に参ろうぞ」 「本当? いいの?」 「あぁ」 「ありがとう……! ありがとう、凪鶴さん!」  差し出された手に私は縋り付くように掴まった。触れることはできなかったけれど、彼女の暖かさが伝わって来たような気がした。  この人と歩むことで、私の新たな日々がきらきら煌めきますように。           ○  私はおそらく、煌羽のことが好きだ。最初はただの同居人でただの主だったのに、少しずつ彼女に惹かれて行った。自分が彼女へ向ける好きは友人や家族に向けるようなものだと思っていたのだが、いつの間にやらそれは恋愛感情となっていた。  今はもう会うことのできないかつての恋人に若干の申し訳なさを感じつつも、私は煌羽への気持ちを抑えることができなかった。あの人が私亡き後に幸せに暮らせましたようにと祈りながら、死別した悲恋から気持ちを切り替えた。つもりだった。  煌羽は髪が綺麗だ。顔もかわいい。性格もとてもいい。私の好みの女である。両親の影響か仕事の関係か、伝統的なものへの理解も多少あった。私が風流について熱心に語ると、とても楽しそうに話を聞いてくれた。  だがしかし、私と彼女には身分の差があった。しかも幽霊と生きた人間で、式と霊媒師である。私のこの恋は許されぬものなのではないか? 私なんかが彼女に恋をしてはいけないのではないか?
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