【左注 とある貴公子の歌】

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 自分の気持ちを再確認する度に、彼女への思いが募る度に、激しく悩んだ。  助けてくれ。俺はどうすればいい。主に恋心を抱く式なんていていいのか? 駄目だと言うのならばいっそ一思いに俺を殺してくれ。死んでるけど。  京都であの人と再会した。  約束の場所であの人は待っていた。随分と待たせてしまった。希子様と顔を合わせたら私はどうなってしまうのだろう。今は煌羽のことが好きなのに。  杞憂だった。希子様は良い人と巡り合って幸せに生きた。それを聞いた時、別の男に取られてしまったという気持ちよりも彼女が幸せに生きることができてよかったという気持ちの方が勝っていた。あぁ、よかった。貴女が幸せで。私は貴女のことが心配だったから。  そして、貴女は今の私を認めてくれた。煌羽のことを認めてくれた。私はやっぱり貴女のことが好きだし、貴女も私を思ってくれていた。けれど私達は別たれてしまった。その先で互いに誰かに出会えたのであれば、それはそれで良いのだろう。私と貴女は、貴女の生きた過去と私のこれからが互いに幸せな時間になることを祈っていた。ありがとう、凩の君。さようなら。大好きでした。  でもやっぱり、お別れは寂しいな。貴女の家族の話を聞きたかったし、私も煌羽のことを貴女に話したかったのに。  煌羽と再契約をして、私は新たな私に生まれ変わった。死んでいるが。気持ちをしっかりと切り替え、改めてこの人と歩んで行こうと決めた。この人をきっと幸せにする。煌羽が元気だと私も嬉しい。それは式と主としての繋がりがあるからではなくて、もっと親密なものがあるからだといいなと思っている。  好きだと言われた。  煌羽が? 俺を? 好き?  おそらく、彼女が言っているのは主から式への思いだろう。私達は大切なパートナーである。主様の思いを私が曲解して受け止めてはならない。だから素晴らしい相棒として返答した。間違っていないはずだ。  しかし咄嗟にやってしまった「ほっぺにクリーム付いてるよ、ぺろっ」はさすがにやり過ぎた。綺麗で格好いい俺はナチュラルにこういうことをする。やめろ。めちゃくちゃドン引きしてるじゃねえか。どうすんだこれ。  指を舐めてから急に恥ずかしくなって、私は煌羽の肩をさらに強く抱いて体を近付けた。これくらい近付いてしまえば逆に顔は見辛くなる。羞恥で赤くなる顔を見られたくなかった。  徐々に深まって行く秋を感じさせる風が、寄り添った私達を撫でながら通り過ぎて行った。もう少し秋めいていれば、紅葉に赤を隠せたのにな……。  これは誰かが見た景色。  とある霊媒師と式の、絆の話。
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