参 待たせたね

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 初めてだった。彼がこんなに泣いているのを見るのは。凩の君が目の前にいた時にもめそめそしていたが、あれでも随分と気を張っていたのだろう。あんなの、比じゃない。メイクが崩れるのも装束が汚れるのもお構いなしに、地面にへたり込んで泣いている。  声も涙も枯れるまで、凪は泣いた。それでもしばらくぐすぐすしていて、ようやく落ち着いたのは午前四時が近付いてきた頃だった。お店の人が目を覚ます前に撤退しなければ。 「煌羽。もう一度、俺を御前の式にしてほしい」  まだ暗い中に金色が揺らいでいる。 「ごめんね、凪。あんなことして。あれが一番だと思って」 「あの護符持って来てるとか思わないだろ普通。大事にしまっておくもんだぞ。御前覚悟決め過ぎ。ちょっとショックだった」 「ごめん」 「希子様は確かに俺の婚約者だった人だし、大切な人だし、愛していた。でもさ、今の俺は御前の式だからさ。いや、違うな。いやいや、そうなんだけど、そうじゃなくて。まぁ、俺はもう少し幽霊やっていたいかな。今、楽しいし」  それでは早速この場で再契約を、と行きたいところだが手元に契約用の護符はない。覚悟を決めていたくせに結局怖くて予備の護符は持って来ていたが、他の道具と共にスーツケースの奥底に入ってホテルにある。  それを伝えると凪は少し残念そうな顔をした。ところが、何か思い付いたのかすぐににやりと笑って見せたのだった。
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