肆 これから先も

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肆 これから先も

 ――二年前。  高校二年生だった私はその日、人生に絶望していた。  常日頃から霊媒師であることを隠して周りに気を付けて過ごしていた私は、わずかな油断から失態を犯した。何もない方を見て話しているところを目撃され、その直後にリュックにしまっていた護符を落として教室の床にばらまいてしまったのである。  変なやつのレッテルを貼られ、周りから距離を置かれた。友人だと思っていた者達は私から離れて行き、初めてできた彼氏にも振られた。人とは違う私でも誰かと仲良くできるのだと思っていたのに、裏切られたようだった。交流のあまりない者はともかく、友人や彼氏は近くにいてくれると思った。けれど、みんなも人と違う私とは一緒にいたくないらしかった。確かに怖いのかもしれない。こんなことになるのなら、最初から仲良くなんてしなければよかった。  友達なんて、もういらない。裏切られるのはもうごめんだ。  私が勝手に信じて勝手に裏切られたと思っているだけで、彼らには最初から何にもなかったのかもしれないが。  学校で散々な目に遭って、親に相談しようと思って帰宅した私を出迎えたのは無人の家だった。置手紙が残されていた。曰く、父の急な海外転勤だと。私には霊媒師の仕事があるから日本に残るしかない。余程急だったのだろう。慌てて準備をした形跡が残っていた。とはいえ数日前には分かっていたはずである。部屋に籠って霊能力にまつわる古文書を熱心に読んでいた私の邪魔をしてはいけないと思って言い出せなかったそうだが、それくらい食事の時にでも言ってくれればよかったのに。しかしこれは食事の時にも傍らに本を置いていた私が悪い。  両親の不在は後日ちゃんと理解した。しかし当日はタイミングが悪かった。同じ日にそんなことがあって私はとにかく絶望した。  それから数日は何にも手を付ける気になれなかった。すぐに声をかけてくれた祖父の誘いを断って、少し経ったある日。下校中だった私は、なんとなく帰る気になれずに近所の公園へ立ち寄った。ブランコに座って、空を眺めたり人を観察したりした。そのうちにすっかり日が落ちて辺りは暗くなり、街灯に明かりが灯った。  街灯に群がる蛾を眺めていると誰かが近付いて来る気配を感じて、私はそちらを向いた。  そこに立っていたのは心配そうにこちらを見ている美しい男だった。           ○  墨を磨り、筆先を十分に浸す。無地の和紙に筆を走らせて描くのは古より霊能力者に受け継がれてきた紋様の一つである。呪文とか魔法陣とかそういうものだ。隅に自分の名前を書き込み、筆を置く。  張り詰めていた緊張を解くと、無意識に大きな溜息が出た。 「煌羽、書けた?」 「あぁ、ちょっと待って。これじゃあまだただの怪しげなお札だから最後にちゃんと……」  まだ墨が滲んでいる和紙を両手で挟んで私は目を閉じる。最後に霊力を込めれば、この紙は力を持つ護符へと変わる。霊力の込め方は人それぞれで、流派や家によって異なる。例えば血液を含ませたり、息を吹きかけたり、唾液を付着させたり、撫でるだけだったり、あまり解説したくないものだったりする。
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