肆 これから先も

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 私のやり方は随分と簡単なもので、手で挟んで念じるだけだ。雨夜家に伝わるものがどのようなものだったのかは廃れた今となっては分からない。こんなものがあるよ、と教えてもらった中から自分に合いそうなものをいくつか試してこの方法に至った。  目を開ける。鏡に映っている自分の瞳が金色に光っていた。原因も原理も不明。けれど事実。瞳の色が変化するのは式だけではない。霊能力を行使した際に能力者にも起こる。金色が徐々に消えて元の茶色に戻るのを待ってから、私は完成した護符をテーブルに置いた。これを対象の幽霊に触れさせて術式を発動させれば契約が完了される。  鏡に映っている凪は感心した様子で私と護符のことを見ていた。 「それじゃあこれを」 「待って待って! 折角だからもっと特別感出そうぜ」 「特別感?」  凪はガイドブックを手に取ろうとして机に手をめり込ませた。  今の凪は浮遊霊のため物に触れることができない。ポルターガイストと言われる現象があるようにやろうと思えば可能だが、いくら強力とはいえ無駄に霊力を消費したくはないのだろう。式が何らかの目的を持って力を行使して消費した分は主から供給されたり休息を取ったりすることで補えるが、浮遊霊ではそうはいかない。契約が解除されている数時間に自然減少していく分など気にする必要のないレベルだが、使えばそれ相応の量がその都度減る。再契約しても浮遊霊の状態で減った分は戻らない。 「ガイドブックくらい持てばいいのに」 「弱くなりたくない」 「微々たるものだと思うけどね」 「一回やったら止まらなくなりそうだから」  私はガイドブックを手に取る。凪が確認したいのはどのページだろう? ぱらぱらと捲っていると、横から「そこ」と指を差された。指はページを貫通している。 「えっと、どっち?」 「前のページ」 「ん。……伏見稲荷?」  全国に数多の社を持つ稲荷神社の総本宮。千本鳥居で有名な伏見稲荷大社。前回京都へ来た時に訪れたいと思っていたものの、スケジュールの関係で断念した行き先でもある。 「行こう、伏見へ」 「何か……。ここに何かあるの? ここがいいという理由が」  金色の瞳が私を見る。メイクはすっかり落ちている。化粧品に触れることができないため凪はすっぴんだった。何も塗っていなくても美しい顔はチャラ男モードではなく貴族モードになっていた。つんとした冷たい顔がガイドブックに真剣そうに向けられる。  あまり覚えていないんだけど、と前置きをしてから彼は語り出した。
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