肆 これから先も

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「昔、不思議な子に会ったことがあるんだ。ちょっと調子に乗って崖っぷちの木に登ったら落ちかけてさ、その時に助けてくれた小さな子がいたんだよ。男の子だったか女の子だったかも曖昧なんだけど、普通じゃない感じだった」 「木登りって……。子供の時?」  美しい貴族の雰囲気が霧散した。 「定かじゃないけど大人になってからだと思う。その、何だっけ? えっと、確か知り合いと紅葉を見に行ったんだったっけ? もっと綺麗なのがあるぜ! とか言って枝を折ろうとして落ちた」 「えぇ……」 「格好悪い話は終わり終わり! それで、その変わった子と伏見でも会ったんだよ。話をしたような気もするんだけど、内容までは思い出せなくて……。今思えば、あの子は妖か何かだったのかなって……。もしそうなら、今も京都にいるかもしれない。あぁ、でも、顔も名前も何も思い出せない。場所が伏見だったのは覚えてるんだ。希子様との恋の成就を願って寺社を片っ端から詣でてた時に立ち寄って、一緒に行った従兄弟が退屈そうに石の狐を見ていたのは覚えてるから……。希子様のことを話したような、話さなかったような」  凪は茶髪の先を指で弄ぶ。  千年間の記憶は曖昧である。遍く覚えておくなど人間には不可能だが、相手が妖の類ならば話は別だ。人間にとっては長い時間も彼らにとっては更に長い一生の一部分にすぎない。 「その子、妖だとして四桁生きられそうなの」 「三桁までだとしたらそれは仕方ないな。会えたら、俺が忘れてしまったこととか、希子様のこととか聞けるかもと思ってさ。……落ち着いたように振る舞ってるけど、正直まだ気持ちの整理ができてない。そういえばそんな子がいたなと思って、寄ろうかなと……。会えても会えなくても、そこで俺は気持ちに区切りを付けるつもりだよ。その後、改めて御前と契約をしたい」 「分かった。けど、伏見か……。凪、頑張って歩いてね」 「あ……?」  午前四時頃に雑貨屋の裏を後にし、休憩もほどほどに報告書をまとめ、朝食を摂り、伏見稲荷に行くことになって今に至る。バスの中でうとうとしていた私は、近くの席に座っていたグループが「着いた着いた」と言っている声で目を覚ました。  姿が見えていなくても気配を追えば辿り着く。浮遊霊は乗り物に乗れないので凪は徒歩である。いずれやって来るであろう彼のことを待たずに、一足先に鳥居を潜った。人混みを避けながら楼門にスマホのカメラを向ける。 「後で記念のツーショット撮ろうな!」 「うわ心霊写真」  突如として凪がフレームインして来た。ホテルから神社まで歩いて来たというのに、その顔には汗一つない。
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